日誌


2017/05/24

POLITICAL ECONOMY 第95号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「実感なき景気回復」は輸出が主導

                                       経済ジャーナリスト 蜂谷 隆 

 「景気が上向いている」と言われても、多くの人は「そうかなぁ」とか「言われてみれば」という感じだろう。こういうのを「実感なき景気回復」というのだそうだ。データを見る限り確かに昨年1-3月期から連続5期連続でプラス成長となっている。主導役は輸出である。昨年秋ごろから中国向けを中心に増加していることがGDPの押し上げ要因になっている。久方ぶりの輸出主導の景気回復となっているのだが、力強さに欠けるうえ継続性には疑問符がつく。

 実質GDPにおける需要項目別寄与度を見ると、昨年7-9月期以降、外需(輸出-輸入)の寄与度が高まっている。輸出と輸入を分けて見ると明らかに輸出の寄与度が高い。安倍政権成立以降、円安誘導を続けてきたが時折外需の寄与度が高まった時はあったが、継続したことはない。データを遡ってみるとリーマン・ショックからの立ち直り始めた2009年から2010年までの以来なのでほぼ7年ぶりといえる。

中国向け輸出が急拡大

 輸出の拡大はなぜ続いたのか?すぐに頭に浮かぶのは円安効果である。しかし、為替相場を見ると確かに昨年9月(月中平均)の1ドル=102円から今年5月の1ドル=112円と10円も円安になったのだが、この動きは昨年12月までで、その後は1ドル=110円台前半で動きは少ない。

 そこで今年の1月から5月までの地域別の輸出先を見ると、輸出全体(世界向け)は昨年1-5月と比べ9.4%の伸びに対し、中国向けは17.4%も伸びている。中国に続くのがASEAN向けである。意外なのは景気が良いといわれている米国向けで、今年2月になってようやく前年同月比でプラスとなった。
 
 中国向けの輸出はどの分野も伸びているが、特に一般機械22.3%、輸送用機器19.6%の伸びが大きい。これは中国経済の景気回復が背景にある。特に輸出は今年に入ってから急拡大している。1-5月の輸出は前年同期比8.2%増となっている。昨年は1年間で-7.7%なので輸出の伸びが果たしている役割は大きい。中国の輸出はアメリカ、EU、ASEANで半分近くを占めるが、その3地域向けの伸びが大きい。

水面下にある個人消費の回復

 今後の日本経済の先行きだが、上向きを維持できるのだろうか。その際のポイントは景気回復のリード役となっている輸出が引き続き好調さを維持できるかにかかっている。問題は中国経済。5月から指標が下がり始め、早くも減速懸念が出ている。他の地域はどうだろうか。世界経済は全般的に上向く方向にはあるが伸び率は低い。期待されているのはEU向けである。フランスの大統領選でEU統合派のマクロン氏が勝利、その後の国政選挙でも安定多数を獲得したことで、経済も好転するという見方が増えている。

 日本の内需はどうなのだろうか。経産省の鉱工業出荷内訳表を見ると、輸出向け出荷指数は昨年7-9月期から6ポイント上昇しているのに対して国内向けは1ポイントしか上がっていない。工場は少し活気づいているが、出荷の大半は輸出向けということなのである。
 
 個人消費はどうなのだろうか。内閣府の「消費動向調査」によると消費者態度指数(一般世帯)は43.6と前年同月比で2.6ポイント改善している。「暮らし向き」2.2、「収入の増え方」1.3、「雇用環境」4.8、「耐久消費財の買い時判断」2.0といずれも上がっている。個人消費も少しずつ改善に向かっていることが伺える。

 確かに少しずつ改善されていることは事実だが、同調査の指数を調査方法が変わった2013年4月を100としてみると、その後はずっと100以下だったことが分かる。昨年12月ころから少しずつ100を超える指数が出始めた程度なのである。つまり個人消費は水面下が続き、ようやく水面上に上がり始めたところなのである。個人消費は力強さを回復したとはいえない。


10:04

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告