日誌


2023/06/20

POLITICAL ECONOMY第242号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
東証は公正な株価形成を図る役割を担えるのか
                              金融取引法研究者 笠原 一郎

  今年に入り2万円台後半で推移していた日経平均株価は、GW明けごろからは、バブル期に迫ろうかという3万円台にのせるという株高で推移している。

 一方で、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、ロシア産天然ガスにエネルギー供給を頼るドイツ・EU各国を困惑させ、そして、ウクライナ産穀物の輸出困難は食料の調達への世界的な不安を引き起こし、さらに温暖化に起因するとされる地球規模の異常気象は、エネルギー・食料価格の上昇に一層拍車をかけている。こうしたエネルギー・食料の多くを輸入に頼る日本では、円安の急速な進行もあり、生活必需品は高騰し、国民生活の窮乏実感と今般の株価水準とが、全くかけ離れている感がある。

 資本コスト以上に株価を上げろという東証による「PBR要請」このような状況のなか、東京証券取引所(東証)は上場各社に向けて、「資本コストや株価を意識した経営の実現(3月31日)」という要請レターを発出した。このレターは上場各社に対して、株価純資産倍率(株価÷1株当たり純資産、これをPBR[Price Book-value Ratio]という)が “1倍を超える経営をしろ” との要請をしたものである。PBRが「1倍を超える」要請とは、直截的には株価を1株当たり純資産と同額以上となるように経営しろと求めることであるが、これを突き詰めて言う
 
 ならば、企業の事業収益率を「投資家の期待する収益率」、すなわち、資本効率をもっと高めろ、企業が市場から調達する資金につき投資家が課すコストである「資本コスト」と同額以上に株価をもっていけ、ということとなる。

 この要請レターを東証担当者が解説した資料(池田直隆ほか、商事法務No.2325)によれば、PBR1倍割れの企業の割合は、東証プライム市場で50%(日本の3メガ銀行のPBRは 0.7程度と1を割れている)であり、米国のその割合は5%しかなく、企業の純資産(解散価値)からみた日本の株価水準が非常に低いことを、“問題視”している。この状況について、川北英隆京都大学名誉教授は「PBR1倍割れとは、投資家による『期待外れ』や『がっかり』の表現である。」(2023.6.20 週刊エコノミスト)と評している。

背景にあるのはCGコード

 こうした東証によるPBR 1倍超え要請の根底には、2015年より上場各社に適用されることとなった「コーポレートガバナンス・コード(CGコード)」の存在がある。CGコードは、“失われた30年”とも言われる日本経済の長期停滞の要因として、企業のガバナンス欠如があるとの見方から、官主導で始められた(富山和彦、商事法務No.2325)ものとされる。このコードは、企業の持続的な成長に向けた取り組みを促すとして、企業経営者に対して資本コストを意識した経営を促すとともに、株主との積極的な対話を求めており、東証はこのコードを俯瞰して、今回の要請を行なったものである。

CGコードは「もの言う株主」の武器になっている

 他方で、CGコード適用以降、村上ファンドに象徴される“物言う株主”とも称する、いわゆるアクティビィスト投資家たちの対経営者活動が活発化してきている。彼らは、「企業価値向上(=要するに、株価を上げろ)」を掲げ、株主となった企業の経営者に対し、CGコードを“武器”として資本コスト以上の効率経営の要求を続けている。さらに村上ファンドは、時にはマグロの解体ショーのごとく、大株主となり経営を支配した会社が持つ価値の高い(美味しい)土地等の非事業資産を現物取得し、事業資産は業界再編の名のもとで格安で他社に売り払うという、まさしく会社解体(2020年4月、旧東証1部「エクセル」事案)を行い、巨利を得ている。

 ここで、自らも上場企業であるJPX傘下の東証は、日本において株式市場・取引所をほぼ独占的に運営する営利企業であるが、その役割について金融商品取引法は「…有価証券の取引等を公正にし、…流通を円滑にするほか、…金融商品等の公正な価格形成等を図り…(第1条、第110条)」と規定する。

 こうした株式の公正な価格形成を図るべき役割を担う取引所としての東証がPBR “1倍を超える経営をしろ” との要請をすることは、少々荒い言い方かもしれないが、寡占営利企業でもある取引所がCGコードから一歩踏み込んで、その取扱い商品である株、その株の“価格”を“上げろ”と、具体的に上場企業に迫ることに他ならない。いかに官主導を慮ったものとはいえ、これは、多様な投資意図をもった投資者が集まる市場で形成される有価証券等の、その公正な価格形成を図るという取引所が担うべき本質的な役割から逸脱したものではないだろうか。そして、そのような代物を高名な学者たちまでもが賛同している。本来のガバナンスが問われるのは誰なのか、そして、こうした東証の要請に対して大いなる違和感を抱くのは私だけであろう
か。


10:03

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告