日誌


2023/07/08

POLITICAL ECONOMY第243号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
迷惑をかけあって生きる権利
           街角ウォッチャー 金田麗子

 「置かれた場所で咲きなさい」という言葉に、違和感があるというコラムが目に留まった。「そこがあなたの場所だから頑張れ」とは自己責任論と地続きだ。「置かれた場所」ではなく「選んだ場所」で咲こうが咲くまいが自分らしく生きていける、誰もが等しく大切にされる社会を目指したいという趣旨だった。
 
 「選んだ場所」で自分らしく生きる自由を奪われてきた人達がいることを、痛感することが続いている。

「大声」はお互い様

 私は精神障がい者グループホーム(以下GHという)で働いているが、入院か退所か迫られている利用者がいる。50代のAさんは、20代で統合失調症を発症。これまで16回入退院を繰り返している。親族はなく病院と救護施設を転々としてきた。

 普段はにこにこしているが、突然窓を開けて大声で叫ぶ。「どうしたの?」と聞くと、「なんでもないよ」と落ち着いた態度に戻る。日に数回繰り返す。運営団体側が病院と相談、薬が増えた。彼女は「薬を飲んでも治らないし、この薬を飲むと動けなくなる」と拒否し強く抵抗したらしい。しかし、理事会側は、医師の処方した通りの服薬と外に向かって大声で叫ばないことが守れないなら、入院あるいは退所すると誓約を迫った。

 Aさんの大声で叫ぶ症状がどこからきているのか、そもそもはっきりしない。知的障害の手帳も持っているが、知的障害の支援を受けた記録は殆どない。私は以前知的障がい者のGHで働いていたが、発達障害や自閉症の人など、感覚過敏、聴覚過敏、不安ストレスが原因で大声を出す利用者がいた。
 
 病院側が、薬についてAさんの不安に答えないこともおかしい。統合失調症の薬についての「薬物治療ガイドライン」が昨年改訂されたが、作成過程に患者、家族が参加している。多くの患者が向精神病薬の有用性、副作用、生活と治療の両立の悩みを抱えていることがわかっている。

 Aさんは追い出されるのではという不安で、落ち着きがなく表情も険しくなってきたが、職員と協力しAさんへの話しかけを続けると、おしゃべり好きのAさんも笑顔が戻って来た。

 この施設は以前も大声を出す利用者を退所させてきたようだ。その背景として近隣からの苦情が上げられる。精神障がい者のGHに対する近隣のまなざしは、決して温かいものではない。ピザの出前をしたら、「税金で生活しているのに贅沢」と言われた。だからピザはスタッフが直接購入に行く。

 確かに密集した住宅街で、時々Aさんが怒鳴るのは目立つだろう。しかし、自分の周りで大声を出している人は皆無だろうか。私の母はアルツハイマーでよく怒っていた。近所で同様の声も聞く。知的障がい者の通所先や施設があるので、駅周辺の路上で大声の人に遭遇する。学校、公園、保育園が近いから喧騒の中で暮らしている。本来街はそういうものではないか。

問われるのは企業のマネジメント力

 朝日新聞が「発達障害は『わがまま』?」という連載を行っていた。(2023年6月)就労している発達障害の人の中には、感覚過敏で音が気になる人もいて、席の配置などへの配慮や、疲れやすい人には途中休憩などが必要だし、困っていることの言語化が苦手な人もいる。発達障害の人の就労支援をする企業、「kaien」の担当者が、「障害の有無に関わらず、一人一人が働きやすい環境を整えることの延長線上で、マネジメント力を向上させる努力を企業はしてほしい」と語っていた。

 厚労省によると(2023年4月)、障がい者が働く場や業務を企業に提供する「雇用代行ビジネス」23法人を企業約1千社が利用し、法人が運営する農園全国91か所で6600人の障がい者が就労しているという。

 「障害者雇用促進法」に基づき、一定規模以上の企業は法定雇用率(2.3%)以上の割合で障がい者を雇用することが義務付けられている。2021年時点で達成済みの企業は全体の半分弱。農園モデルは職場環境整備もせずに雇用、健常者と隔離して、企業本来の業務とは別に就労させ、収穫物も市場に出さない。単に法定雇用率を形式的に満たす脱法行為で、障がい者差別そのものだ。

 多様な人々が就労する場を作る努力を企業が放棄している。「kaien」の担当者の指摘である、マネジメント力の放棄でもある。

 GHのCさんは、20年ぶりに一般企業に障がい者雇用枠で就労した。彼自身自分の意思がうまく伝えられないし、相手が何を求めているか理解できない。しかし就労移行支援事業所による継続した支援を受け、企業側とCさんのコミュニケーションをサポートしてもらっている。不安や恐怖心の強いCさんは安定して就労できている。

迷惑をかけあって生きることは我々の尊厳

 障がいがある人だけでなく、コミュニケーションのサポートはすべての人にとって魅力的だ。お互いに生きやすい関係、環境を作るだろう。

 障害当事者運動の研究をはじめ、障がい問題について研究発言を続け、先日亡くなった立岩真也氏は語る。

―迷惑をかけないことを他者に要求することは、「周囲は他者に配慮するはずだったのに、負担を逃れられ楽になってしまい、自らの価値だったはずのものを自らが裏切ってしまう」(「介助の仕事」(ちくま新書)、「希望について」(青土社))

迷惑をかけあって生きることは、我々の尊厳である。


10:30

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告