日誌


2022/11/05

POLITICAL ECONOMY第226号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
高金利への移行が経済破綻を招く
                 横浜アクションリサーチ 金子 文夫

金利引上げの連鎖
 
 新型コロナによる経済難への対策として各国が財政・金融政策を通じて救済資金を潤沢に供給した結果、世界中に過剰資金が形成され、株価・不動産価格が上昇する一方、政府・民間の債務が膨張することになった。過剰資金の存在を背景に、コロナからの回復過程における需要と供給の不均衡、エネルギー資源と食料の価格高騰、それにロシアのウクライナ侵攻が加わり、インフレの波が世界を襲っている。

 迫りくるインフレに対して、米国FRBを先頭に、各国中央銀行は相次ぐ金利引上げで対処しており、引上げ回数は2022年9月までにのべ160回に達したという。金利引上げの影響で、4月から9月にかけて、世界の株式時価総額は24兆ドル(減少率22%)、債券残高は20兆ドル(14%)、合計44兆ドル減少した。これは世界GDPの半分に達する空前の規模だ(日経新聞10月2日)。

 低金利から高金利への転換は、過剰な債務を抱えた国家、企業、家計の破綻を招かざるをえない。その本格的発現は2023年になってからと見込まれるが、9月から11月にかけて発生した二つのショックはその先駆けといえる。

二つのショック

 一つは9月にイギリスで生じたトラスショックだ。ジョンソン政権から交代したトラス政権は、エネルギー高対策として半年で600億ポンド(9.3兆円)の財政出動、総額450億ポンド(7兆円)と推計される50年ぶりの大型減税を打ち出した。その財源は国債発行しかない。しかし、イングランド銀行はインフレ対策として金利引上げ、国債売却を進めており、これに逆行する財政膨張は金融市場の混乱を招き、長期金利の高騰(国債価格急落)、ポンド暴落を引き起こした。緊急事態に直面してイングランド銀行は売却方針から一転して国債の無制限買入れに踏み切り、ひとまず混乱は収束したが、トラス政権は史上最短の在任期間で崩壊した。危機の要因には、年金基金の破綻懸念があった。年金基金は低金利下で利益を出すためにリスクのある資産運用を行っており、金利急騰・国債暴落で資金繰りがつかなくなるという事態が進行した。MMT(現代貨幣理論)の破綻がここに現れたと
いえる。

 もう一つは、11月に発生した米国のFTXショックだ。仮想通貨(暗号資産)交換業大手のFTXトレーディングは、杜撰な経営実態が明らかになり、資金繰りに行き詰まって破産に至った。負債総額は現時点で不明だが 100~500億ドル規模と推定されている。これは仮想通貨業界で過去最大の経営破綻という。担当弁護士は「米国の企業経営史上、最も突然で困難な破綻」と称した(日経新聞11月24日)。FTXには有力なベンチャーキャピタルが出資しており、ソフトバンクもその一つだ。全世界に100万人以上の顧客がいるとされ、影響は仮想通貨業界にとどまらず、金融市場全体に拡大する可能性がある。これも、低金利下で膨らんだバブルが、高金利への移行に伴って崩壊した一例だろう。

日銀金融政策の転換が危機の端緒

 日本はどうなのか。日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)という低金利政策を2016年9月から6年も続けているが、すでに消費者物価は今秋連続して目標の2%を超え、10月には3.6%に達した。エネルギー、食料等の輸入品の高騰と日米の金利差拡大による円安が物価上昇の二大要因であり、この対策としての利上げ圧力はかつてなく高まっている。すでに住宅ローン金利は上がり始めている。

 日銀は、金利を引き上げた場合、新規国債発行の困難、既発国債の価格下落による日銀・民間銀行・保険会社・年金基金等の財務内容の悪化が生じることを懸念して、政策転換ができない。出るに出られない袋小路に追い込まれている。しかしいつまでも動かないわけにはいかず、近い将来、YCCを少し手直しして、若干の金利引上げに踏み切らざるをえないだろう。そのタイミングは最も早ければ2023年4月、黒田総裁が次の総裁に交代する時点と考えられる。

 その時何が起きるのか。よほどうまく切り替えなければ、投機的な円・国債の売り浴びせが生じ、債券と為替の急落、さらには株式市場の混乱が起こりうる。日銀には当座預金付利が保有国債からの受取利子を上回る逆ザヤが生じうる。また国債価格の下落は日銀・民間銀行・保険会社の資産構成を悪化させるだろう。日本財政と円への信認が低下し、資本の海外逃避によって円安が一段と進行、輸入インフレが激化する可能性がある。

 円安の度合いは、経常収支の見通しにかかっている。経常収支黒字の存在が、巨額債務を抱える日本財政と日本円に対する信頼をこれまでつなぎ止めてきた。しかし、日本経済の輸出力は低下しつつあり、この先貿易赤字の拡大が所得収支の黒字(海外投資収益の還流)をもってしてもカバーしきれなくなれば、実力の低下した日本経済に厳しい試練が訪れるかもしれない。経常収支黒字を維持するために、長期的にエネルギーと食料の自給度を高めていくことが必要だろう。


10:32

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告