日誌


2022/10/10

POLITICAL ECONOMY第225号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
家事使用人にも労基法適用を
                    街角ウォッチャー 金田 麗子

 2022年9月29日、68歳の女性が家事代行の長時間労働の末に亡くなったのは過労死だったとして、労災を認めなかった国の処分取り消しを女性の夫が求めていた訴訟判決で、東京地裁は請求を却下した。

 女性は、2015年5月、訪問介護家事代行サービス会社から、寝たきり高齢者のいる家庭に派遣され、一週間泊まり込んでいた。その労働実態は、24時間拘束で午前5時起床2時間おきのおむつ替え、食事、歯磨きなどの介助、高齢者の息子も含めた食事の用意、買い物、掃除など家事全般をし、夜は高齢者のベッド脇に布団を敷き午前0時から朝5時まで休むが、その間2回おむつ交換する生活だった。

 遺族は労災申請したが却下され、過労死と認められなかった。労基法は「家事使用人」には適用されないという理由からである。地裁は女性が働いた時間のうち、介護業務は会社に雇われ派遣されて担ったが、家事については家庭との直接契約になっていたと判断。待機時間を含む一日19時間の業務中、労働時間は家事の時間を算入せず、介護業務の4時間30分のみとし、「過重業務していたとは認められない」と結論付けたという。

実態は家政婦と介護保険サービスの兼務

 家政婦と介護保険サービスの両方の業務を行い、拘束時間は計168時間に及んでいたにも関わらず、労働実態全体を見ないで、部分的に企業の雇用か家族との契約かで形式的に判断したのだった。地裁判決は、労基法が家事労働者を除外していることが、憲法上の法の下の平等に反することへの言及も無かった。

 既に1993年、労働者として家庭に働きに行く「家事労働者」への適用除外する規定については、当時の労働省(現厚生労働省)の諮問機関の委員会が「撤廃すべき」と答申しているのに、そのまま放置されてきたのである。

 日本看護家政紹介事業協会によると、加盟する約400の家政婦紹介所には、事件当時(2016年度時点)で約1万2000人の家政婦が登録されていた。現在も紹介所の7割は、公的な介護保険サービスも手がけている。同じ家庭で家政婦と介護保険の両方の仕事をするケースが多く、残りの事業所でも家政婦が保険外の介護をすることが多いという。数時間おきに体位交換やおむつ交換が必要なため、介護保険では足らず、家政婦に依頼するニーズがあり、自治体が設ける地域包括支援センターから依頼される場合もあるという。(11月7日付け「朝日新聞」)

 登録する家政婦は大半が60代以上で介護福祉士など介護の資格を持っている。依頼するのは50代~60代が中心で、高齢の親と同居していて要介護者、認知症のケースも多い。契約は日勤の他、住み込みもあり料金相場は24時間拘束で1万8000円。仮眠や休憩も含むが、時給換算すると最賃を割り込む実態だ。

 「実録・家で死ぬ」(笹井恵里子著、中公新書ラクレ)には、自宅で家族が介護して激務で高血圧や腰痛で倒れる事例が紹介されていたが、中高年の家族の代わりに家政婦が自宅で24時間介護し支えている実態があるということだ。

 桜井啓太は「貧しくもなく労働もしないヤングケアラー――ケアの再配分かケアラーの承認か?」(『現代思想』22年11月号)の中で労働基準法が家族外の家事労働者を、家事「使用人」と定めて法の対象外にしている(労基法116条2項)ことについて、「家族内のインフォーマルな無給ケアラーだけでなく、有給のケアワーカーすら区別なく『家事は労働ではない』とするのが日本のスタンダード」と喝破している。

待機時間というけれど

 私は判決の中の介護業務の時間判定にも違和感を覚える。待機時間というが、一日19時間の中で、日中待機は台所の椅子の上、夜5時間の布団の中も2時間おきのおむつ替えで、休むことができると思っているのか。

 私自身、あるしょうがい者グループホームに勤務していた時、宿直があったが夜9時から朝5時までは仮眠扱いで無給だった。しかし実際は、夜中0時に介助、それ以外でも何人も利用者が不安を訴えて来るし、実質3時間程度の仮眠だった。介助内容は、睡眠時無呼吸症候群の人へのシーパップ着用だが、当事者は嫌がって外したり、拒否するので根気よく説明したりなだめたり、時間もかかるし精神的にも疲れる。本件は更に緊張した状況であったことは、新聞報道を見ただけでも想像がつく。

 国勢調査によると、家政婦(家政夫)は約1万1千人で97%が女性である。高齢化の加速、働く女性の増加で、さらに家事支援のニーズが高まることは、前述の日本看護家政紹介事業協会の記事も含め十分予測できる。

 11月9日、判決を批判し遺族や支援者が、労災認定と同時に労働基準法の改正を求めて約3万5千人の署名と要望書を厚生労働省に提出した(11月10日付け東京新聞)。

 厚生労働省は遅まきながら、年内に家事労働者の実態調査を始めるとしているが、署名提出後の厚労省担当部局との意見交換では、労基法改正については「慎重に検討する」と言う態度に留まっている。

 介護保険制度の欠陥を、家事労働者が補完している状況なのに、労働者として認めないこと自体を許してはならない。

08:12

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告