日誌


2022/11/10

POLITICAL ECONOMY第227号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
防衛費増強、順番が逆さまではないか
        NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 年末に向けて、23年度政府予算案の編成作業が大詰めを迎え、最大の焦点のひとつ、防衛費増額とその財源をめぐる政府部内の攻防が連日、メディアで取り上げられている。ロシアによるウクライナ侵攻、台湾海峡をめぐる緊張、北朝鮮の相次ぐミサイル発射などで日本の安全保障を取り巻く環境が急速に変化、防衛力の抜本的強化が声高に叫ばれ、23年度から27年度までの5年間の防衛費総額を43兆円規模に引き上げる方向が確定した。現行の1.5倍の急増であり、長らく日本の防衛予算の規模を規定してきた「GNP1%程度」という枠組みを取り払い、2%規模に倍増させる方針だという。

 こうした方針変更の露払い役を務めたのが政府の「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」である。11月21日、政府に提出された報告書によると「防衛力の抜本的強化の目的はこのような厳しい安全保障環境において、日本の国民の生命と財産、日本の主権および平和と安定を守り、国際社会の秩序を保ち、安定を図ることにある」と指摘、「日本および日本周辺での戦争を抑止し、有事の発生それ自体を防ぐ抑止力を確保しなければならない」と提言。日本の反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有と増強が抑止力の維持・向上のために不可欠として国産のスタンド・オフ・ミサイルの改良などや外国製のミサイルの購入、十分な数のミサイル装備、迎撃ミサイルによる防空能力、無人機などによる防衛能力や宇宙・サイバーなど陸海空横断型の作戦能力、指揮統制・情報関連機能や輸送ヘリなどによる機動展開能力、燃料・弾薬の確保や防衛産業への支援を挙げている。

 当然にも、こうした軍事力増強が先制攻撃への危惧、専守防衛のなし崩し転換、周辺地域への軍事的緊張の拡大などを生み出すことが野党やメディアから批判的論点として提起されているが、ここではあえて深入りしない。それよりも報告書では兵器・装備増強のオンパレードが続く一方で、有識者会議も言及する「国民の生命と財産を守る」視点が全く見えない点を強く指摘したい。

ミサイル攻撃受けたらどこに逃げるのか

 ロシアのウクライナ侵攻を見ればわかるとおり、反撃用のミサイルを保有すれば、侵略国からミサイルが飛んでこないわけではない。現実にミサイル攻撃を受ければ、軍事施設ばかりではなく、民間施設やインフラなど生活基盤の破壊が進行する。なによりもミサイルが着弾した地域周辺の住民の生命やインフラを危機に晒すことになる。どこに逃げればよいのか、数日間、数週間避難する施設はあるのか、どのくらいの市民を収容できるのか、こうした市民の命を守るための施策は報告書からは一向に見えない。

 ロイターの報道によると、中国との対峙が続く台湾では有事に備えて防空壕(シェルター)の整備が進んでいるという。「中国がミサイルを撃ち始めた場合に備え、防空壕として使える場所を分かりやすく指定する。専用の防空壕ではなく、地下駐車場や地下鉄網、ショッピングセンターの地下などのスペースを活用するという。台北にはこうした防空壕が4600カ所以上あり、市の人口の4倍以上に当たる約1200万人を収容できる」。

日本の核シェルターは人口比0.02%

 日本核シェルター協会によると、国際的な人口あたりの核シェルター設置率を見ると、スイス、イスラエルが100%、韓国は首都ソウルで300%、ノルウェー98%、アメリカ82%、ロシア78%、イギリス67%、シンガポール54%と続くが、日本はわずか0.02%。防衛省・自衛隊幹部には予算を増やしたい、ミサイルを作りたい、イージス艦、戦闘機の買い増しなど軍備増強しか頭になく、国民の安全など眼中にないように見える。論議の順番が逆さまではないか。

 日本でも避難施設整備にまったく手を付けてこなかったわけではない。2004年施行の国民保護法はミサイル着弾などの有事に備え、都道府県知事と政令市長に避難施設の指定を義務付けた。しかし実態的な整備は進んでおらず、20年4月時点で約9万4000施設が指定されたが、うち地下施設は1127で地下駅舎はゼロ。今年に入って東京都、大阪府など自治体で地下駅舎を含む避難施設指定が増えているが、いずれも被害を軽減するための1~2時間程度の一時的な避難施設。「日本の地下駅舎では、破壊力が高いミサイルが着弾すれば相応の被害が出る恐れがある」(宮坂直史防衛大教授)という。

 政府は2017年、極秘に「弾道ミサイルを想定したシェルターのあり方に関する検討会」を開き、既存の地下鉄駅の活用を検討したが、核ミサイルや生物化学兵器に対応できる気密性が困難と判断、結果は公開されなかった。「国民の命を守り抜くことが必須的に重要なのに地下シェルターはまったく整備してこなかったし、整備しようともしない事実を何と考えればいいのだろうか」(大石久和国土学総合研究所所長)との問いかけは重い。

14:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告