日誌


2022/11/10

POLITICAL ECONOMY第228号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
熊本で始まった「赤ちゃんポスト」そして「内密出産」、
誰を保護すべきか
                      元東海大学教授 小野豊和
 
 2022年9月30日厚生労働省と法務省が「内密出産」について、自治体や病院の対応方法をまとめたガイドライン(指針)を公表した。子供が自分の出自を知る権利に対応できるよう、医療機関が妊婦の身元情報を管理することや、生まれた子供の戸籍は市区町村長の職権で作成できることなどが盛り込まれ全国の自治体に通知した。国内では内密出産は法制化されておらず、熊本市の慈恵病院が2019年、ドイツの仕組みを参考に独自の取り組みとして導入。これまでに7例が公表された。

 加藤勝信厚労相は閣議後の記者会見で、「内密出産の在り方や法整備など幅広い論点でさまざまな意見があり、現時点で結論を出せる状況ではない」と説明。指針について「内密出産の事例が既にある中で、医療機関などにどういう対応が求められるかの内容を整理した」と述べた。指針では、「妊婦が身元情報を医療機関の一部の者のみに明らかにしての出産」を「内密出産」と定義。「最も尊重されるべきは母子の生命・健康の確保」と明記した。

一議員の質問が国を動かした

 2019年秋から熊本市の慈恵病院が「内密出産」を受入れ、1、2件目で熊本市(大西一史市長)とその扱いについて実態に基づく議論を重ねてきた。法務省所管の刑法第157条「公正証書原本不実記載罪」に抵触する可能性があり、善意の行いが罰せられる危険があった。日本の法制(司法)、議員たち(立法機関)、閣僚および厚生労働省(行政機関)は、子ができた親の責任を法で罰する考えはあっても、本人の意志なく生まれてきた子の命を保護するという“命を守る基本姿勢”がなかった。

 その中で愛知県出身の国民民主党議員伊藤たかえ氏が、子の命を守り、親の命も守る大切さを訴え質問したのだ。2022年2月25日、国会の予算委員会で慈恵病院の蓮田健院長(理事長)が参考人として呼ばれ説明する機会を得た。古川法務大臣が「刑法35条では法令または正当な業務であれば罰しないというのがある。所管省庁のガイドラインに沿った正当な業務であれば違法性は阻却される。違法性は成立しない」と明確に答えた。国会でガイドライン作成の必要性を共有したことから、今回のガイドライン公表つながった。

 このような国民の命を守ろうという質問が与党からは出てこない。多くの与党議員は実に認識不足だ。「法の番人」という表現があるが、法律(条文)の番人で、法律で国民を守ろうという精神がないのだろうか。“生まれてきた子に責任がない、だから法整備が必要”との蓮田院長の訴えを素直に受け止め、応えて行動した熊本市の大西市長の熱意も忘れてはならない。

「赤ちゃんを犠牲者にしない、母親を犯罪者にしない」

 蓮田院長は、社会で起こった乳児殺人事件の例を挙げ、慈恵病院として取り組んできた「こうのとりのゆりかご」への思いを語った。悩み抜いて導入し、内密出産まで取り入れた結論は、「実親にとっては『いらない子』『いてもらっては困る子』でも、一人の人間としてかけがえのない存在のはず…『神の子』という概念にたどり着いた。この子が幸せになれるよう、他の大人が守り助けるべきではないか? まだ信者ではないが、信者の奥様に導かれ、聖書の箇所に“はらわたを突き動かされ”「赤ちゃんを犠牲者にしない、母親を犯罪者にしない」という行動原理にたどり着いた。「こうのとりのゆりかご」は“愛のシステム”ではなく、苦渋の選択・緊急避難システムという強い思いを語られた。

 23歳の女性が自宅で出産したがハサミで刺し殺し、静岡県JR焼津駅トイレのゴミ箱に遺棄。兵庫県内の大学4年生が就職活動のため飛行機で上京。離陸前に陣痛が始まり羽田空港到着直後に空港内トイレで出産。泣き止まない赤ちゃんの首を絞め新橋の公園に遺棄。供述書によると、トイレで赤ちゃんを産み119番に電話しようとしたが数字に対する学習障害があり「9」を押すことができなかった。パニック状態になり気づくと赤ちゃんを床に置いて首元を持っていた。他の供述では、赤ちゃんの顔を見たくなかったのでバスタオルをかぶせたまま湯船につけ繰り返し沈めると動かなくなった…。

 我が子を愛し、慈しむだろう母親が、なぜ非常識で理解不能な行為をするのだろう。彼女たちに聞くと「妊娠・出産が親に知れると親に縁を切られる、見放されて捨てられる」と言う。彼女たちに共通するものは4つある。①被虐待歴、②家族との関係が悪く、特に母親との関係が良くない。親が離婚して母親が行方不明か死亡、③境界領域の発達障害、④境界領域の知的障害で、ほぼすべてに①~④のいずれかがある。①②は母親が娘の受け皿となり得ていない愛着障害。事件に至る経過は、「妊娠しても親に相談できない」「親に見捨てられる」「親が心の安全基地になっていない」「過去の失敗経験から来る怯え」「過剰に人に気を遣う」など。陣痛が近づくと「生まれるのはまだ先」と自分に都合のいい解釈をする問題先送り型思考。「論理的に考えられず先を見通すのが苦手」。陣痛が始まっても「これは陣痛ではない」と都合よく解釈。現実に直面すると「今さら親に言えない」「今まで怒られてきた事とはレベルが違う」「このままでは人生が終ってしまう」と悩むが安全地帯の親がなく、遺棄・殺人に至る。

 乳児の遺棄・殺人回避のために大事なことは何か? 「匿名性を尊重した相談」「匿名性を尊重した出産」「匿名性を尊重した赤ちゃんの預け入れ(ゆりかご)」で、「叱らない、説教しない、敬意をもって接し、寄り添い、丁寧に説明し褒めること」の周知が大切と説く。ドイツは法律上、親の責任を問うことなく子は国が守るが、我が国の政権与党は非常に保守的で夫婦別姓をためらうように、親の責任追求が先で子や母を守ろうという気持ちがない。国民福祉党でもできないと政治で救うことは難しいのではないかとも言われた。


21:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告