日誌


2013/08/01

メルマガ 11号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken

日本の実質生活上の賃金は
      米国より2、3割、ドイツより2割低い
                                       経済アナリスト 柏木 勉

 アベノミクスでは、日本経済の復活のためには賃金の引き上げが必要だとして、政府は経済界への要請を行ってきた。来春闘に向けてもそのスタンスは変わっておらず、ようやく物価が上昇しつつある中で、デフレ脱却を確実にすべく賃金引き上げの必要性を強調している。またそのために政労使会議設置の意向まで示された。賃金引き上げを政府自ら説いてまわるのは誠に結構なことではある。

 しかし、政府のリードのもとで賃金を引き上げてもらうのでは、労組の面目が立たないだろう。であるから本年の春闘にあたっては、連合も賃金引き上げは自らの力で行う旨を表明した。だが、そのような経緯はともかく、いずれにしても労組としてはこれまでの賃金抑制、総額人件費引き下げをはねかえす好機がきたことに違いはない。

消費購買力平価での賃金・人件費比較が重要

 そこで筆者が指摘したいのは、賃金・人件費の国際比較だ。日本の名目賃金は長期にわたり引き下げられてきたが、それでも経営サイドは十年一日のごとく、円高の進行のたびに国際競争力上日本の賃金はまだ高いと云い続けてきた。しかし働く者の側に立てば、日本の労働者が得ている賃金・人件費が実際に生活していく上で高いのか低いのかが問題となる。それは当然のことだ。その観点から国際比較を行えば先進国と比べればきわめて低いのが実態なのだ。

 経営サイドからすれば企業経営上問題になるのは名目の市場為替レートだ。だが、働く側からすればそうではない。自分たちが得る賃金・人件費でどれだけの消費財やサービスを入手できるのかが問題となる。つまり単なる名目上のものでなく、実質生活上の賃金・人件費が問題である。これが先進国と比較して劣っているならば納得できるものではない。この比較を行う上で必要な換算レートが消費購買力平価である。

 消費購買力平価とは、単純に言うと、例えば米国においてひと月の給与で購買できる消費財・サービスの価格が3000ドルであり、日本では30万円であるとすれば消費購買力平価は、3000ドル=30万円で、1ドル=100円となる。

(実際の計算では、ある一定時点の消費購買力平価に、相手国との消費者物価上昇率の相対価格指数をかけるのが一般的である) 

実質的には米国の60%、ドイツの80%程度しかない。

 そこで、消費購買力平価で換算した日米比較を行うと、2012年平均では
・米国民間全体の時間当たり賃金は19.77ドル (大統領経済諮問委員会報告より)
・日本の現金給与総額の時間当たり賃金は2135円(毎勤統計より)
・消費購買力平価は1ドル=128.8円 (国際通貨研究所より)
以上から日本の賃金は米国の83.8%となる。

 なお、以上とは別に米労働省・雇用統計のデータにより、例えば昨年10月を比較すると
・米国の時間当たり賃金は23.58ドル、日本は1805円
・消費購買力平価は1ドル=127.6円で、日本は米国の60%の水準でしかない。

 また金属労協/JCMの2013年闘争資料でも、2011年の各国人件費の国際比較を消費購買力平価換算で行っている。ここでは消費購買力平価はOECDによる1ドル=117.2円をとっているが、これによれば日本の人件費は米国の67%、ドイツの80%であり、フランスには届かないが、ほぼ同じという水準にとどまっている。ただこの国際比較は、資料全体の最後のほうに、おずおずと付け足しのように出しているだけで、日本の低水準を強調するものになっていない。

 相次ぐ経営側からのリストラ攻撃、賃金体系維持が精いっぱいという要求からすれば、それどころではなく、申し訳程度に掲げただけといったところだろう。

 来春闘においては政府のデフレ脱却の掛け声に乗ってでも、名を借りてでもよい。とにかく、惨々たる状態に落とし込められた労働条件改善に向けて、実質の生活上の国際比較を行い反転攻勢をはかることが必要不可欠である。

 


10:55

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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