日誌


2013/07/30

メルマガ 第9号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
非正規雇用―広島からのレポート

                              労働調査協議会・客員調査研究員  白石利政
 
 昨年の7月、横浜から約800㎞西に移動し廿日市市で生活をすることとなった。市内には世界遺産の宮島があり、大野瀬戸ではカキ筏が浮かんでいる。前とは違う景観のなかにあるが、どうしても雇用労働問題に目がいく。そこで、県内発で全国的関心事と思われる2つの話題を追ってみた。

 「非正規社員の社員化の取り組み」の効果
4年前、「広島電鉄全社員を正規雇用一部社員は賃下げ」(朝日新聞・2009年3月26日)というニュースが流れた。この取り組みを主導したのは40年間の分裂を克服して統合した私鉄中国地方労働組合広島電鉄支部(以下、広電支部と略す)である。

 広電支部が契約社員の導入を容認したのは2001年、「バス分社化」を阻止するためである。同時に契約社員を組合員とするユニオンショップ協定を締結し正社員化の布石を打っていた。広電支部にとって、正社員化は労働条件の低位平準化を阻止し、労働組合の代表制を確保する闘いであった。また年輩社員が非正規社員(契約社員・正社員Ⅱ)の固定給に、非正規社員が若手正社員の低賃金に、ともに感じていた“かわいそう”を揃え、その解消へ向けての闘いでもあった。組合分裂の経験は平等、公開、公平の大事さを職場に定着させていた。

 広電支部を訪ねて新制度導入の効果について訊ねたところ、板崎書記長からつぎのような話があった(7月5日)。

 「新制度導入の効果について。正社員になって結婚できた、持家が実現した、契約社員という『「肩身の狭い生活』から解放された、などの声が届いた。これらの点に加え、①非正規社員から正社員になった方のモチベーションがあがり、②差別、格差という社員間の壁がなくなり、労働組合としての一体感や団結が高まった、そして、③非正規社員の経験層から組合活動家が育っている」と。そして、広電支部ではこの闘争の経験を忘れないよう新入組合員教育で「制度実現のため先輩の払った『痛み』と苦労を忘れないように」と伝え、その継承に努めている。

 この広電支部における非正規社員の社員化の闘争は、広電支部の「存在意義」をかけた闘いであり、組合員の「職場生活・文化」を守る闘いであったとの印象が改めて残った。

技能実習生の状況―トラブルが減らない中、『投資効率』を問題にする会社も
 中国人技能実習生により8人が殺傷されるという痛ましい事件が、カキ養殖加工会社で起きた(3月14日)。県内の技能実習生は7461人で外国人労働者の半分を占める(外国人雇用届出制度 2012年10月末現在)。

 技能実習制度は、実態の就労に合わせた法整備が進められてきた。しかし、トラブルが絶えない。広島市内で開催された「外国人技能実習生を支援する会」(5月19日)では、賃金の未払い、残業代の不払いを始め、人権侵害や不法行為の数々、また協同組合の受け入れ先企業や事業所にたいするチェック機能のなさなどが報告された。県内では「福山ユニオンたんぽぽ」や「広島スクラムユニオン」などコミュニティ・ユニオンと労働弁護団が支援に乗りだしている。

 この制度、悪い話ばかりではない。「外国人実習生の待遇改善で貴重な戦力に」というリポート(NHKラジオ・5月8日)が電波に乗った。三和ドック因島工場(従業員430人)で、現在、ベトナムからの技能実習生28人が溶接技術と船についての知識を実習中である。処遇と受け入れ体制の良さから7~8人の募集に100人以上の応募がある。社長は「3年でやめるのは『投資効率』という面で満足がいかない」と話していた。

 放送後、会社に電話で訊ねたところ、①実習終了後、実習経験者との連絡は一切切れること。②もし、実習期間延長が可能になった際の会社としての要望は「延長者を『選択』できること」との話があった。この会社は、実習生に「ひとりのワーカーとして働いてもらう。国籍は関係ない」との考えで向き合っている

 この制度、法令遵守が最低条件であり、ブラック「協同組合」の摘発・認可の取り消しが課題であるが、成果をあげている事業所では実習期間の制約が壁になっている。また、殺傷事件発生の背景に技能実習生の「孤独」問題のあることが明らかになるにつれ、江田島市による中国人技能実習生の交流会(5月19日)や広島労働局による受け入れ団体を対象にした講習会(6月25日)が開催されるなど遅まきながら受け入れの社会的インフラに目が向けられるようになった。

 技能実習生は、日本での3年間の経験を通して技能と日本人とのつきあい方を習得した貴重な人材である。技能実習生と受け入れ事業者の「ウイン・ウイン」の関係をもう一段、引き上げる施策が求められている。


15:07

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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