日誌


2013/07/28

メルマガ第8号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
中国の成長と「中所得国の罠」

                                 NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 G20(主要20カ国・地域 財務相・中央銀行総裁会議)を前にした7月中旬、国際通貨基金(IMF)が相次いで、中国経済のリスクに警鐘を鳴らした。IMFリポートでシャドーバンキング(影の銀行)の貸し出しが急速に膨らみ、12年末には中国の国内総生産(GDP)の55%に相当する4兆7000億ドルに達していることを挙げ、「金融システムの安定に脅威となりうる」と警告。プランシャール経済顧問兼調査局長が世界経済の新たなリスクとして日本の「アベノミクス」、米国の「量的緩和の縮小」と並んで中国の「金融システム不安や成長の鈍化」を指摘した。昨年まで、GDPで日本を抜き、米国に次ぐ第2の経済大国に成長した中国は2030年までに米国を抜いて世界トップの経済規模になる「チャイナ・アズ・ナンバーワン」ともてはやされていたが、その国際論潮が大きく変化したようだ。

 実は昨年後半から、中国経済の行く末に懸念を表明する発言やリポートが増え始めていた。「岐路に立つ中国」(呉敬璉・中国国務院発展研究センター研究員)、「転機の中国経済」(加藤弘之・神戸大学教授 日経「経済教室」)、「中国、問われる国家資本主義」(関志雄・野村資本市場研究所シニアフェロー)、「老いゆく中国」(蔡昉・中国社会科学院人口・労働経済研究所長)など。それぞれの報告するポイントは異なるが、共通する問題意識は「所得が中レベルになると、貧富格差の拡大や、腐敗の多発など、急速な発展に伴う歪みが顕在化し、経済成長も停滞するという形で『中所得の罠』に陥ってしまう。中国は30年余りの高成長を経て、まさに『中所得の罠』に陥るか、それとも一気に先進国に追いつくかという岐路に立っている」(関志雄)との認識が強まっているからだ。

  「中所得国の罠」とは、一人当たりGDPが4000~5000ドルという中所得国になった国が、1万ドルを超えるような先進国になかなか移行できず、成長が止まってしまう現象を指している。タイやアルゼンチン、ブラジルなどがそのケース。中国の場合、「罠」と指摘されているのは①高成長を支えた「安価で豊富な労働力」の供給が底をつき、人手不足で人件費が上昇に転じる「ルイスの転換点」を超えた②シャドーバンキングの急膨張や地方政府債務残高の増加、過剰な設備増強などを生み出した投資主導経済の壁③途上国の追い上げなど輸出主導型成長の限界④多くの経済資源と富を政府及び国有企業が独占し、競争力ある民間企業が育たない「国進民退」の現実⑤「都市と農村」の二元構造を背景に所得、資産、教育、医療、福祉の分野で格差拡大が進み、政治の民主化の遅れなどがその解決を妨げているという政治・社会的リスクの存在-などだ。

課題山積、高いハードル
 こうした懸念を裏付けるように、今年上半期の経済統計で事前の予測を下回る弱い動きが続いている。1-3月期のGDPの伸びは前年同期比7.7%増にとどまり、4-6月期はさらに減速し、同7.5%に鈍化。雇用確保や社会不安の払拭に必要な8%成長を堅持する「保八」を下回り、「破八」局面を迎えた。この減速を一時的と見るか、さらに続くと見るかで中国経済の将来評価は分かれる。金融大手ゴールドマン・サックスの投資戦略グループが6月に公表した見通しによると、「中国経済の成長は2020年までに6%程度まで鈍化。ただし向こう4年間で設備投資がGDP比40%まで落ち込むと(現在は48%)、成長率は2017年までに3.6%に落ち込む恐れがある」(Newsweek誌7月2日号)という。中国経済が「中所得国の罠」を抜け出せるかどうかは、今後の中国共産党指導部の舵取りに委ねられているが、「罠」と指摘される課題の困難さを考えると相当高いハードルであることは間違いない。

 中国が「特色ある社会主義を堅持、発展させる」とする政治方針の下で、現状の斬新的改革路線を歩む限り、現状の中所得国、世界第2の経済大国の地位を保つことは容易だろう。その意味では中国崩壊論は現実を無視した暴論だ。

「小康社会」建設に軸足を移すか
 しかし、さらに成長を加速させて先進国水準に国民生活を向上させるには、相当思い切った改革が伴わない限り難しい。国内の不安定要因を放置したまま、闇雲に高い成長を求めるのではなく、いまは中所得国の成果を「小康社会」(いくらかゆとりのある社会)建設に振り向け、底辺の底上げとそれなりに平等で、公平な社会(特色ある中国型福祉社会)に軸足を置いた改革に移行する時期ではないか。その先に先進国の背中が見えてくる。

18:14

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告