日誌


2013/07/25

メルマガ 第7号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
付加価値貿易統計の出現
                                                                  横浜市立大学教員 金子文夫

 2013年1月、OECDはWTOとの連携事業として、世界貿易を付加価値ベースで集計した新たな統計シリーズを発表した。その後の追加リリースを含めて、現時点では世界の主要57ヵ国(及びEU、ASEAN等)の付加価値貿易(物品・サービス)について、1995年、2000年、2005年、2008年、2009年における総額と18産業部門のデータが公開されている。従来の各国別輸出入統計は通関統計が基礎になって作成されているが、付加価値貿易統計は国際産業連関表をもとにしてかなり複雑な推計を行って算出したものと思われる。

 付加価値貿易統計は、これまでの貿易統計が提供するイメージとは異なった、より実質的な国際経済関係を示すことになる。たとえば、日本が中国に700ドルの液晶パネル(中間財)を輸出し、中国がこれを使って1000ドルのテレビ(最終製品)を製造して米国に輸出した場合、従来型の貿易統計では、日本から中国への輸出700ドル、中国から米国への輸出1000ドル、合計1700ドルの輸出が記録される。

 ところが付加価値貿易統計では、日本で創出された付加価値700ドルが、中国経由で米国に輸出され、中国は付加価値300ドルを米国に輸出し、合計1000ドルが計上されることになる。つまり、最終財の価額を付加価値ベースで創出国に分割し、そこから輸出された形に組み替えるわけである。

貿易実態に近づける試み

 今日のように工程間国際分業が複雑化し、サプライチェーンが国境を越えて肥大化した時代にあっては、中間財貿易額が何回も計上され、貿易額が過剰に記録されてしまう。重複計算を取り除き、より実態に近づけようとする試みとして、今回の新統計は大きな意義があると考えられる。これを用いた本格的な分析は今後の課題であるが、すでに新聞報道などで興味深い事実がいくつか指摘されている。たとえば、従来の貿易統計では日本の輸出先第1位は中国であるが、付加価値ベースでは米国が最大となる。また貿易収支では、米国、欧州に対する黒字幅が拡大し、逆にアジアに対する黒字幅は縮小する。日本が国内で消費する製品・サービスの付加価値のうち88%が国内で創出されており、この比率はOECD34ヵ国中の第1位という。

 OECD事務次長の玉木林太郎氏(元財務省財務官)は、6月26日付「日本経済新聞」の「経済教室」に解説記事を寄稿し、日本貿易の新たな姿として3点指摘している。第一は、2国間貿易関係における従来型イメージとのズレである。すなわち、日本の輸出はアジア向けが米欧向けを上回る傾向があるが、付加価値ベースでは米欧向けが中心となる。

 第二に、日本の輸出に占める国外付加価値の比率はかなり低い。資源保有国はこの比率が低く、中間財を輸入する加工貿易型の国は高くなる傾向があるが、日本の場合は国内のサプライチェーンが発達しているといえる。第三に、サービス部門の付加価値創出への貢献が相当に大きく、特に製品開発、デザイン、マーケティングの役割が重要とする。

 付加価値ベースでの個別的な分析もすでに行われている。たとえば、米国は2009年にアップル社のi Phoneを中国から19億ドル輸入したが、付加価値ベースでは中国はわずか7300万ドルで、日本6億8500万ドル、ドイツ3億4100万ドル、韓国2億5900万ドルといった構成になるという。付加価値ベースの情報は、国際経済における各国の地位の見直しに通じる。また、さらに進んで企業ベースで付加価値貿易情報が集積されていくならば、将来的には公正な(課税回避を防止する)国際課税システムの構築に可能性を開くものといえよう。

12:38

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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