日誌


2020/01/22

POLITICAL ECONOMY第159号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
中西版「経労委報告」は、劇薬か良薬か
            グローバル産業雇用総合研究所 所長 小林良暢

 2020春闘は、異例の展開になっている。
ひとつは、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、政府から多くの人が集まるイベント中止の要請をうけて、連合が3月3日の春闘決起集会を中止しことである。また、毎年の賃上げ相場に影響を与えるトヨタ労連も、総決起集会の開催を見送った。

 春闘は、トヨタがベアを非表示してから、交渉経過が見えにくくなってきている。それでも大衆集会や闘争委員会などの節々には、組合情報がアピールされてきた。それが今年はイベント中止で何時、どこで、なにを交渉しているのが分からない「音なし春闘」である。

 いまひとつは、経団連の2020経営労働政策特別委員会報告。今年の「経労委報告」は、中西宏明経団連会長の考え方が強く反映されたものと言われている。読むと、「デジタル トランスフォーメンション」とか「エンゲージメント」など、横文字か多い。その上、「ジョブ型雇用」とか「脱一律賃金」など、これまでの春闘では使われたことのない「新語」も出てくる。

 デジタル トランスフォーメンションとは、「デジタル技術の浸透で、既存の枠組みや制度を覆すイノベーション」のことである。

 また、エンゲーシメントとは、「従業員の会社への愛着心や思い入れをつうじて、会社も従業員の絆を強め高め、一体となって互いに成長していく」という人事管理用語として使われてきた。だが、転じて最近では、「社外でも通用する能力を高め、機会があればより良い活躍の場へと転職していく」とする新しい意味になってきており、もちろん今年の経労委報告は、後者の意味で使われている。

ジョブがなくなれば雇用契約解除できる「ジョブ型雇用」
 
 また「ジョブ型雇用」についは、これまでのメンバーシップ型社員の採用、育成中心とした日本型雇用シスムには様々なメリットがある一方、経営環境変化に伴う課題も顕在化しており、この自社に適した社内施策ではエンプロイアビリティが高い社員は育成されず、ジョブ型雇用が広がらない一因とされているという。

 「経労委報告」は、とくに注を付けて以下のように記している。
 「ここでいう『ジョフ型』は、当該業務等の遂行に必要な知識や能力を有する社員を配置・異動して活躍してもらう専門業務型・プロフェッショナル型に近い雇用区分をイメージしている。『欧米型』のように、特定の仕事・業務やポストが不要となった場合に雇用自体がなくなるものではない」と、念を押してエクスキューズしている。

 ところが、中西会長は講演等で、新卒一括採用もこれからは、ジョブ型雇用を念頭に置いた「ジョブ型採用」に移行すべきだとし、会社や経済状況の変化によって、仕事がなくなることがある際には、「ジョブ型雇用の従業員を雇用契約終了することは比較的容易です」の主旨のことを述べている。要するに、ジョブ型雇用にならば、そのジョブがなくなれば雇用契約の解除できると言っている。ここが肝である。

 「経労委報告」と中西会長の考え方には、ちぐはぐだ。ジョブ派賃金論者の筆者は、ジョブ型雇用に与する。だが、労働組合にとって要警戒だろう。しかしながら、いま現場で働いているビジネスパーソンたちの間でも意見が分かれるだろう。だから良く見極める必要あろう。

20:52

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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