日誌


2020/02/09

POLITICAL ECONOMY第160号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
ダウ1週間で3583ドル下落 
世界恐慌の跫音になるかの分かれ目

                               グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 2月24日、米ニューヨーク株の暴落で始まった世界同時株安が止まらない。この「2.24ショック」は、中国発の新型コロナウイルスがイタリアに感染、これによる欧州経済の先行き懸念がニューヨーク市場に伝播したことから、中国発「新型コロナ恐慌」などと言われた。

 だが、コロナウイルスくらいで、世界恐慌に結びつけるのは、少々騒ぎすぎだ。そもそも、「2.24ショック」による世界株式市場の暴落は、中国発でもイタリア発でもなく、ニューヨーク発であるというのが、私の見立てである。

 確かに、当初は中国コロナがきっかけであったが、26、27日の「2.24ショック」は、アップルの1~3月期の利益目標未達の観測が流れたことでアップル株に売りが殺到したことによるもので、これで米IT発「世界同時暴落」の様相を呈した。

 その結果、24~28日の5営業日合計の下落が3,583ドルに達し、2008年のリーマン・ショックを超え過去最大になった。

 これに驚愕した米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、28日午後に声明を発表し、「FRBは政策手段を駆使し、経済を支えるために適切な行動をとる」と述べ、直ちに利下げに踏み切る姿勢を示した。

 だが、市場は一斉にリスク回避に走った。米長期金利の指標となる10年物米国債の利回りは年1.12%を下回り、連日史上最低を更新した。日本円も買われ円相場は一時、107円51銭と4ヵ月ぶりの高値となり、東京株式市場も売りが殺到、世界株安連鎖に輪をかけることになった。

 この一週間の世界の株価暴落の中で、もつとも重視すべき事象は、25日にアメリカの債券市場で長期金利が史上最低を記録したことである。中国発の新型コロナ不況が、N.Y発の世界金融不況に転化した瞬間である。

 世界の株価崩落連鎖の過程で、安全資産として米国債へのマネー逃避が継続的に続いた。ここで、見逃せないのは米国の金利が急低下しても、株安の防波堤にならない点である。米景気の減速が金利低下だけでは跳ね返せないということを、市場が見切り始めたのである。こうなると、長期金利が急低下しても、米国株は反応せず、持ち直すどころかさらに大幅安を続け、株価と金利が同時に落下する異常事態になったのである。もはやN.Yではお手上げである。

GPIFはいつ動くのか

 アメリカがだめなら主役交替、それは日本しかいない。 週明け2日の東京市場は、まず日銀が動いた。黒田総裁は「潤沢な資金供給と金融市場の安定確保に努める」とする緊急談話を発表、「適切な金融市場調節や資産買い入れの実施を通じて、潤沢な資金供給と金融市場の安定確保に努めていく」ことを強調した。これで市場は、一時は450円高とひとます反転したが、マイナス金利の深掘り等の強力な政策は出し惜しみしたため、終値は前週末比201円高と限定的な反応にとどまった。利下げという政策ツールがはっきりしている米FRBですら市場に見放されたのだから、この程度の?田日銀では、むべなるかなだろうか。

 これから先は、日本の GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が、いつ買いに動くかだ。この我が国の公的年金の積立金を管理運用する世界最大のヘッジファンドは、リーマン・ショック以来、危機に際して東京市場で買いに入り、世界同時株安を止めてきたことは、世界の市場関係者から広く認知されているところだ。

 だがGPIFは「2.24ショック」から一週間は、まったく動かず「音無しの構え」だ。GPIFも、その背後いる安倍官邸も、この「世界同時暴落」の底値はまだ先があると読んで、デットラインは日経平均2万円割れに定めていているのだろうか。だとすると、GPIFが出動するのは、3月第2週か、世界の市場関係者は固唾を呑んで見守っている。これで止まれば世界経済危機が回避され、それでだめなら世界恐慌だ。


11:04

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告