日誌


2020/02/21

POLITICAL ECONOMY第161号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「コロナ・ショック」はリーマン級になる!!
                   経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 新型コロナウイルス感染症は経済にどれだけ影響を及ぼすのだろうか。アメリカのブルッキングス研究所が3月2日に公表した「新型コロナウイルスによるグローバル経済へのインパクト:7つのシナリオ」という論文が世界に衝撃を与えている。7つのうち3つのシナリオを米日中3カ国の2020年

の死者数、GDPへの影響、経済的損失額(表参照)によると、穏やかなシナリオ(S04)でも日本の死者数は12.7万人、厳しいシナリオ(S06)では57万人
としている。GDPへの影響はS04で2.5%、S06では9.9%落ち込む。経済的損失はそれぞれ1,400億ドル(15兆円)、5,490億ドル(60兆円)となる。
 また、ニューヨーク・タイムズは13日、CDC(米疾病予防管理センター)の非公表の4つのシナリオとして、アメリカの感染者数は1億6,000万人から2億1,400万人(感染率は48.9%から65.4%)と報じている。

 これらのシナリオは、対策を打たず感染者が増加することが前提になっているので「まさかここまでは」という見方があるのは当然だ。ところが、13日付け「朝日新聞」に掲載された長崎大の山本太郎教授のコメントは「今後少なくとも国民の6~7割の人が感染する恐れがある。免疫を持つ人が増える中で収束していくのではないか」としている。ドイツのメルケル首相も12日に「国民の60%から70%が感染する可能性がある」と発言している。要するに感染者(死亡者)の増加は続き、長期化する可能性を示しているのである。

アメリカの資産バブルの崩壊が始まった

 さて、経済に目を転ずるとニューヨーク、東京の株式市場の暴落ぶりは、連日、新聞、テレビで報道されている通りである。この1週間でNY株式市場は13日に1,985ドル反発したものの2,679ドル下落した。この間、急落で一時的取引停止となるサーキットブレーカーが二度、発動されている。日経平均も2,267円下落、1万7,000円台となった。

 では「コロナ・ショック」は、感染がピークアウトすれば収まるのか。やっかいなのはそれだけで済まないことである。というのは資産バブル崩壊の引き金を引いた可能性が高いためだ。住宅価格の代表的指数であるケース・シラー住宅価格指数の3月分の発表は5月26日である。いずれ資産バブル崩壊が認識されるだろう。

 日本経済はどうなるのだろうか?大胆に予想すると、まず1-3月期の経済成長はマイナスになることは間違いない。速報値の発表は5月18日である。続く4-6月期もマイナスになる可能性がある。世界経済の後退の荒波を受け輸出は減少、中国、韓国を初めとする海外旅行客の大幅減少と自国民の自粛で観光、娯楽、飲食店、デパートなどは壊滅的な打撃を受けているが、輸出+国内消費の落ち込みで設備投資も急ブレーキとなる。

 雇用も急速に悪化する。コロナの影響を受けていない1月の完全失業率(季節調整値)は2.4%(前月比0.2ポイント上昇)、有効求人倍率(季節調整値)も1.49倍(同0.08ポイント低下)となった。派遣、パートなど非正規労働者から正社員の人員整理、そして来年の新卒採用は一転して厳しくなる。人手不足感は急速に萎む。

 各国政府は金融政策の余地がほとんどないため財政出動に踏み切るしかない。トランプ米大統領は500億ドル(5兆4,000億円)の財政出動を表明した、日本政府は2020年度予算案の成立を待って補正予算案作成に動くが、早くも30兆円規模という観測が飛び交っている。ただし、リーマン・ショックの後は、中国が約4兆元(当時の為替レートで57兆円)の景気対策を行い世界経済を下支えしたが今、中国にそのような力も余裕もない。日米欧中がそれぞれの規模の財政出動を持ち寄って支えるしかないのである。

回復はV字型ではなくL字型になる

 しかし、リーマン・ショック後のようなV字回復は望めないだろう。新型コロナウイルス感染は、いずれピークアウトしても長期化し人々の不安心理はそう簡単になくならないからだ。「コロナ・ショック」後の回復はL字型になるのではないか。

 日本はさらにやっかいな問題を抱えている。ひとつはオリンピック・パラリンピックの開催が、中止ないしは1年あるいは2年の延期の可能性が高いことである。ダメージは極めて大きい。

 もうひとつはアベノミクスの副作用が負の遺産として、日本経済の大きな重しとなって足をひっぱることである。黒田日銀総裁による「異次元緩和」の号令のもと、株価を下支えするためにETF(上場投資信託)を買い続け、残高は約30兆円となっている。この間の株価暴落で3月に入ってから6,132億円と目標額の2倍以上のペースで購入している。黒田総裁は「日経平均が1万9,000円を下回ると保有ETFの時価が簿価を下回る」と述べている。今回の暴落で評価損が発生し日銀の資産は毀損していることになる。

 税収減の中での財政出動の原資は国債の発行増しかありえない。再び日銀は国債の購入増に動くことになる。日銀の長期国債残高は2019年12月で472兆円、名目GDPの86%である。そんなことを言っている場合ではないという論調が強まる中で借金は増え続ける。

 米中貿易摩擦などで世界経済は縮小均衡に向かっている中での急ブレーキは、日本経済にとって極めて厳しい状況になることだけは間違いなさそうだ。


15:44

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告