日誌


2020/03/13

POLITICAL ECONOMY第162号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
西日本豪雨その後

              労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 一昨年の7月6日から8日にかけての台風第7号および梅雨前線等の影響による集中豪雨は、西日本を中心に広い範囲で記録的大雨となった。この豪雨による増水でJR西日本の芸備線では広島県安佐北区の三篠川に架かる橋が流失し「中三田駅-狩留家駅」間が最後まで不通。新しい橋が架かり全線がつながったのは昨年10月23日、約1年3カ月ぶりのことだった。しかし被害地の自治体の新年度予算に復興予算が組み込まれており、生活再建、インフラの復旧作業などが継続していることを思い知らされる。

死者263人、物的被害1兆1,580億円、サプライチェーンは寸断

 西日本豪雨の爪痕はすさまじい。
 死者は263人、いまだ行方の分からない者が8人おり、負傷者は484人にのぼる(消防庁による被害状況集計19年8月20日現在)、この被害の大きかったのは広島県(死者109人、不明者5人)、岡山県(同61人、3人)、愛媛県(同29人、0人)の3県。死因に大きな違いがみられた。広島県では土砂災害による死者数(87人)、岡山県では水害による死者数(61人)の占める割合が多かった。そして、3県の死者数のうち60歳代以上の割合は約7割であった。広島の土砂災害では、土砂や流木とともに花崗岩の未風化部の岩塊・コアストーンが流出、住宅地を襲撃し被害を拡大させた。なかには直径3メートルのものもあった。岡山では1階が浸水し高齢者が2階に上がれず水死という悲惨なことが起こり、高齢者や障がい者の垂直避難、それをサポートするネットワークの構築が問題になった。愛媛県の死者のなかには西予市野村町で起こったダムの緊急放流で逃げ遅れた5人の犠牲者が含まれている。

 広域的かつ同時多発的に河川の氾濫、内水氾濫、土石流等の発生により、家屋の全半壊が約1万7千棟、浸水被害が約3万8千棟という、極めて甚大な被害が発生した。水害被害額は約 1 兆 1,580 億円(国土交通省調べ、19年7月30日)。単一の豪雨による被害としては1976年の台風第17号による被害額(8,844億円)を大きく上回り、統計開始以来最大となった。

 社会経済活動への影響も大きかった。直接被害は農林水産業や製造業の工場にも及んだが、主要道路の通行止めによりサプライチェーンが寸断され、とりわけ自動車メーカーをはじめ多くの工場での操業停止やスーパーマーケット、コンビニストアの営業停止が発生した。自然災害などの緊急事態に遭遇した場合における、企業の従業員安否確認と事業資産の損害を最小限にとどめ中核となる事業の継続あるいは早期復旧を図るためのBCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)の大事なことを明らかにした。

減災へ向けて ―「防念会」のすすめ

 国土地理院のホームページでは「自然災害伝承碑の取組」欄がある。地理院地図では46都道府県150市区町村の「自然災害伝承碑」472基が公開されている(20年3月1日現在)。広島県からは19基が入っているが、そのなかに今回の西日本豪雨災害で多くの犠牲者を出した地区の100年以上前に起きた水害を伝える石碑もある(安芸郡坂町周辺。写真の右下)。同ホームページでは、「石碑があるのは知っていたが関心を持って碑文を読んでいなかった。水害について深く考えた事は無かった」(中国新聞、18年8月17日)という住民の声が紹介されている。見えるけど見ていない。「災害は忘れた頃にやってくる」。過去からの貴重なメッセージをつなげていくことの難しさを痛感する。

 「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増す」。異常気象はこれを加速、社会生活を著しく混乱させる。自然現象で防げないものもある。「正当にこわがること」も心がけのひとつとは思う。しかし、人の手がかかわっているものには被害を減らす工夫の余地はある。

 また備えがあれば「被害」の減少や復興・再建を早めることもできる。そのためにはコミュニティの役割が大切。そこに生まれ「帰属」するだけで得られた「相互扶助」も、今は共に力を出して創りあげるもの(=共助)。東広島市の洋国団地は、市のハザードマップによると全域が「土石流被害想定箇所」とされているが、日頃の自主防災活動が実を結び犠牲者やケガ人を出さなかった。
( https://www.asahi.com/articles/ASL7K44TZL7KPTIL00H.html )

散歩の途中にラジオから聞こえてくる。それは「防念会やろう」である(中四国地域キャンペーン)。

ナレーション     
ラジオの前のみなさん、最近、ご近所の集まりに参加しました?公園の掃除や、こども会のバザー、町内の大鍋会から、ラジオ体操まで。
実はこれ、ぜんぶ防災活動になるんですよ。
「こんにちは、お元気ですか?」って言葉を交わして顔見知りになってさえいれば、いざっていう時に助け合えるじゃないですか。いわば、防災に念を入れる会、略して「防念会」ですよ。
みなさんのご近所でもいかがでしょう。

出演者グループ  「防念会やろう!」
♪:ACジャパン

 「念」には思い、気を付ける、深く望むからとなえるなどいろいろな意味がある。「念入り」は「『入念』の意で、会話やさほど硬くない文章に使われる。いくぶん使用頻度が落ちた感じのする表現」(中村明著 「日本語語感の辞典」)とある。「防念会」、開催頻度を上げその定着が望まれる。

10:58

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告