日誌


2020/04/04

POLITICAL ECONOMY第163号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
コロナ禍のもとで気づいたこと
                              経済アナリスト 柏木 勉
                             
 緊急事態宣言が発出された。「発出」?この役所用語は2年前ぐらいから政治家も普通に使うようになった。だが、一国民としてはきわめて違和感がある。役所内部では事務処理を厳密に行う必要があるから、役所用語として使い分けるのだろう。しかし政治家は役人ではない。現下の状況で政治家たるもの、もっと国民の感覚にフィットした言葉を使ったらどうなのか。

愚民化戦術「GDPの2割」宣伝

 宣言と一緒に緊急経済対策が発表された。いわく、「108兆円の過去最大の事業規模、対GDPの2割」というふれこみである。国民へ最大限のアピールをねらったのだろう。思惑どおり、マスコミも安倍と財務省の発表通りに大々的に報道した。馬鹿じゃないのか。マスコミの経済部は何をしているのか?「2割」? 事業規模とGDPはそのまま比較できるものじゃない。政権のいいぐさを国民へそのまま繰り返して恥ずかしくないのか?

 GDPは付加価値だ。事業規模には財政投融資やら税金や社会保険料の支払い猶予やらが、それこそ大規模にふくまされている。それらはカネを右から左に回すだけとか1年間だけ支払いを延ばしてやるとかというものだ。簡単にいえば金融だ。金融は付加価値として(GDPとして)カウントされない。GDPとしてカウントされるのは、いわゆる「真水」だ。真水が最終需要としてGDPとなる。この点は、対策発表後すでに1週間たったから、多くの指摘がある。108兆円のなかの真水はたった16.8兆円で、対GDPでは3%でしかない。

 コロナ禍によって本年のGDPは大幅なマイナス成長が予測されている。前提条件・比較の仕方は様々だが、例えば早期収束で22 兆円(4%)減、1年続けば40 兆円(8%弱)減。緊急経済対策を織り込んだ予測でも本年はマイナス6%となっている。ちなみにリーマン・ショック時の2009 年の実質GDP は5.4%の減少だった。16.8兆円のはした金では話にならない。さらに追加の経済対策なしには日本経済は大打撃を被ることになろう。

効果を見て休業要請?

 緊急事態宣言をめぐっては、東京都と政府が休業要請に関して3日間の「調整」を繰り広げた。政府は、宣言による対象都道府県の特定と2週間程度の外出自粛要請の効果をみてから休業要請をおこなうつもりだった。しかし都は感染者急増と医療体制の逼迫から、宣言直後ただちに休業要請を行うつもりだった。そのギャップから3日間の「調整」がはじまった。

 しかし国民からすれば、こんな調整のドタバタは全く馬鹿馬鹿しいものだった。一刻も早く感染の急増を防ぐため、一刻も早くオーバーシュートを防ぐため、それこそ「緊急事態」の宣言を出したのではなかったのか?「効果を見ている」ひまなどない事態だから宣言を出したのではなかったのか?カリフォルニアに外出禁止が3日遅れただけで、ニューヨークの死者は爆発的に急増し、カリフォルニアの10数倍に達した。一体何のために緊急事態宣言を出したのか?政府の対応は全く馬鹿げていた。それに公表の感染者、死者数などあてにできないのだ。

休業補償?日銀がカネを刷るだけだ

 もう一つ、政府は都府県が求める休業補償をしたくない。そのために「8割の接触減」を必死に呼びかけ始めた。無論それ自体はやるべきことだ。だが、接触減が進むほど休業補償を求める声は大きくなる。一方、東京都とその他府県で溝ができはじめた。その他府県にいわせると「東京都はカネがあるから休業協力金(50万円、100万円=これは事実上の休業補償だ。はした金だが)を出せる。だが、我らはカネがない」とのことだ。休業補償ができないなら外出自粛の効果は薄れる。政府はその声に押され、緊急経済対策の内の「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」なるものを、使途の名目をごまかして事実上の休業補償として使うことを認めた。総額1兆円だ。

 これも馬鹿げた話だ。この「臨時交付金」なるものは、コロナ禍が収束後、経済回復の第2ステージに入ってから地方の回復支援に用意したもの(「『新型コロナウイルス感染症緊急経済対策』について」)。その中身は、「お魚券」、「和牛商品券」など特定業界の族議員が必死になって入れ込んだもの。もっともらしい事業名称をつけて並んでいる。この臨時交付金の趣旨は緊急の休業補償とは相いれないものなのだ。だが、政府は苦し紛れに事実上の休業補償に充てることを認めざるをえなかった。

 しかし、こんなドタバタ劇は最初から馬鹿げている。地方が求める休業補償など日銀がカネを刷って渡せばいいだけだ。現にアメリカはFRBを通じてそうしている。FRBはコロナ禍に対して2兆ドルの緊急措置を発動した。そのうち5000億ドル(約53兆円)は州発行の債券購入だ。この購入代金は州に渡る。日銀も同様にして、購入した府県債をそのまま保有し続ければよい(借換え)。要はインフレにならなければいいのだ。それがMMT(現代貨幣理論)だ。

 「臨時交付金」も16.8兆円に含まれており、それは国債発行で賄われる。その多くは市中を通じて日銀が買うだろう。だから日銀がカネを刷って渡すわけだ。

それにしても、いつまで人類は、新たな感染症が出るたびに「接触せず、離れる」という原始的手段を続けるのか?いつまでもそうするしかないのか?17世紀・欧州の「ペスト医者」の恰好も、現在の医療従事者のゴーグル・マスク・防護服を彷彿させる。殆んど違いがないように見えるのだが――。


18:11

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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