廿日市市の市長選で考える民意
労働調査協議会客員調査研究員 白石利政
昨年の10月、任期満了に伴う広島県廿日市市の市長選が実施された。前回、前々回の一騎打ちに対し今回の候補者は4人、全員無所属で旗幟鮮明とはいいがたい。投票の目安となる政策や経歴は広報で窺い知ることができるが、4年前の転入者にとっては各候補者の実績、資質、信頼性などはわからない。投票者の選定には困惑する。退職や親の介護をきっかけにUターンやJターン、あるいはIターンした人たちで同じ思いをする(した)人は少なくないのではなかろうか。今回は市長選について報告したい。
現職と3人の新人が立候補
候補者の年齢、現職、推薦、選挙スローガンは順に、真野氏(72歳、無現・2期、「人権を尊重し、平和に暮らせるまちづくり 高齢者・女性・子どもが輝くまちづくり」)、川本氏(58歳、元副市長、無新、「元気イチバン!!姿勢を変えてイチバン!!住みたい街へ」)、松本氏(46歳、前市議、無新、「新しい廿日市市を始める」)、荻村氏(44歳、前市議、無新、「もっと廿日市 もっと住みたい もっとあたたかい」)である。市町村合併から10年、人口11.3万人弱、広島市に隣接し、沿岸部にも面しているが日本創成会議の消滅可能自治体(2040年までに20~39歳の女性が半減)に入っている。前回同様、市議補選も実施された。
公示は10月11日、「合併10年 課題解決へ舌戦 現新4人が出陣式」(中国新聞)との見出しが躍った。公示後、普段はもっぱら地元住民の死亡・葬儀の案内を流す「防災廿日市市大野」に「10月18日は市長および市会議員の補欠選挙日です。暮らしにつながる大切な選挙です。みなさん、そろって投票しましょう……選挙管理委員会」の呼びかけが加わった。争点が「まちの活性化」という点では似ているが、そのための具体策では違いがありそうだ。候補者の宣伝カーからは「まちづくりに『ナニナニ』を」の声が、そして投票日が近づくと「地元の『ナニナニ』です」が増えた。
散歩で顔見知りになった地元民が話す選挙の噂に聞き耳を立て、話の腰を折らないよう探りを入れる。一部の市民から、各候補の論点を明確にするため公開討論の呼びかけがあったが、候補者全員の賛意が得られず残念ながら流れた。投票者が絞れないまま投票日が近づく。当日は「他より増しじゃないか」という候補者に一票を投じた。
有権者の16.33%で3選市長誕生
投開票は18日。投票率は48.66%、過去最低だった前回36.43%)を12.23ポイントも上回った。4氏の立候補が投票率を押し上げたことは間違いない。
開票結果は、真野氏が15,480票で川本氏(14,319票)、松本氏(11,342票)、荻村氏(4,438票)を破った。新聞は「支持幅広く、真野さん笑顔」(中国新聞)、「廿日市市長 真野氏3選 組織力で3氏抑える」(朝日新聞)との見出しを打ったが、いささか説得力に欠ける。3選市長の獲得票は投票者数の33.55%、有権者数の僅か6.33%に留まっており、自・民・公・社と連合広島の推薦を受けていたことと照らし合わせると「組織力」が発揮されたとはとてもいえない。
見事な票割れ
今回の結果で見落とせないもうひとつの点は票割れだ。民意の集約に問題を残している感が否めない。坂井豊貴氏は「一つの選択肢を決める投票の例には、小選挙区制のもとでの国会議員選挙や、自治体の長の選挙などがある。それらにおいてはボルダールールを使うのがよい。これは国会で公職選挙法を改正すれば可能である」(『多数決を疑う-社会的選択理論とはなにか』岩波新書2015年)と指摘している。ボルダールールとは例えば選択肢が3つだとしたら、1位に3点、2位に2点、3位に1点というように加点をして、その総和(ボルダ-得点)で全体の順位を決めるやり方である。このルールの採用に至たらずとも、3人以上で競い第1位の獲得投票者数が半数に届かない場合は、民意に決着を付けるため上位2者による決選投票ぐらいはやってもらいたいものだ。
今回の市長選に首を突っ込んでいた散歩仲間に「最近、何か面白いことがありましたか」と尋ねたところ、「面白いことはいっそないが、腹の立つことは一杯ある」との言葉が返ってきた。何だかすっきりしない市長選だった。