“上昇期待感”に惑わされる専門家の株価予測
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
「年明け最初の週(1月4-8日)の株式相場は底堅い展開になりそうだ。日経平均株価は1万8000円台では年金や個人の押し目買いが入ることが確認され、下値不安は後退している。海外投資家も動き出し、新規資金の流入が見込めそうだ」。
これは1月4日付の日本経済新聞「今週の市場欄」に掲載された株式市場見通しだ。無署名なので、日経の株式担当記者の執筆と思われる。同紙は経済専門紙らしく、元旦付で伊藤忠社長など主要企業経営者20人による今年の株価予想を特集、平均株価の高値、安値とその時期予測を一覧表で掲載している。高値予想の平均は2万2300円、安値は1万8000円前後に集中しているが、誰ひとりとして1万7000円割れを予想した人はいなかった。
結果はご承知のように世界同時株安となり、日経平均株価は年初の1月4日から6営業日連続して下落、1949年の東京証券取引所再開して以降初めての事態となった。1ヵ月近くたつ今も1万7000円台をうろうろしており、1月29日に日銀がマイナス金利導入を決めたが、市場の反応は鈍く、前月末の終値に比べ10%前後の下落局面が続いている。異例の事態である。
ここで論評しようとしているのは「後出しじゃんけん」よろしく、はずれた見通しのあら探しではない。一流の経済専門紙や一流の経営者たちがことごとく株価予測とその背景をなす景気予測を大きく読み違える病理についてである。
株価が乱高下するのは経済常識のイロハではあるが、戦後だけでもスターリン暴落(1953年)、ニクソン・ショック(1971年)、ブラックマンデー(1987年)、リーマンショック(2008)、東日本大震災ショック(2011年)という大幅下落を経験している。このうち東日本大震災を除いていずれも国外要因が引き金となって10%前後の大暴落につながっているのが共通項として指摘されている。
グローバル経済が抱える深刻なリスク
今回の株価下落の要因は後講釈でいろいろな要因分析が紙面を賑わしているが、要約すれば高成長で世界経済を牽引してきた中国経済の減速懸念とその影響を直接受ける新興国経済の変調、それとアメリカのシェール革命を契機とした原油・天然ガスの大幅切り下げと資源価格の長期低迷予測にあるとする解説がほとんど。しかし冷静に考えてみれば分かることだが、この二つの要因はなにも年明けに突然発生した「ショック」ではない。中国経済の変調は昨年8月の「人民元ショック」の時点で指摘されていたリスクであり、原油相場が崩れはじめたのは2014年後半からの一貫した動きとして観察されている。
市場結果から見ると、こうした国外要因を軽視ないしは無視したことが読み違いに現れたと言えそうだ。主要経営者の予測でも「国内景気の回復で物価上昇期待が高まり、株価は5月にかけて上昇する」(岡藤・伊藤忠社長)、「主要企業は底堅い業績拡大が続く。賃上げや参院選に向けた政策期待などを背景に日経平均は高値を射程に捉える」(日比野・大和証券グループ社長)との理由を挙げており、国外要因を重視した形跡は見られない。
一流経済紙、一流の経営者達が何故こうも楽観的な見通しを公表できるのであろうか。世界経済の長期停滞に警鐘を鳴らすサマーズ元米財務長官や中国経済の先行きに懸念を示す著名な投資家ジョージ・ソロス氏などの例を挙げるまでもなく、国際市場はグローバル経済が抱える深刻なリスクに晒されているという基本認識が不可欠だ。3年経っても日の目を見ない黒田日銀総裁の「物価上昇期待」と同様、日本の市場関係者に「株式相場の上昇期待」が強すぎるのではないか。それが市場を見る目を曇らせている。
年明け早々の日経紙面を見ると、株式相場の上昇期待を意図して紙面論潮を作ったとの疑いをぬぐえない。