日誌


2014/08/17

「グローカル通信」 第8号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
寒川町の13年度決算から見るアベノミクス

                            神奈川県寒川町議 中川 登志男

 市町村の議会は、3・6・9・12月に会期がひと月程度の定例会を開会するのが一般的で、3月議会は来年度の予算、9月議会は昨年度の決算の審議が主な内容となる(ただし、決算の審議は10月という議会も多い)。

 私が所属する神奈川県寒川町議会も、この9月議会のメインは昨年度(13年度)の決算の審議だが、決算を見ていると、アベノミクスが地域経済にどのような影響を与えているのかが読み取れて非常に興味深い。

 寒川町は、約13平方kmの狭い面積に大企業の工場が多く集まっており、製造業がもたらす法人町民税で町の財政は豊かであった。12~13年度こそ財政状況の悪化で地方交付税(普通交付税)の交付団体となったが、それまでは30年以上にわたって不交付団体を維持してきた。

 法人町民税のここ10年間の推移を見てみると、リーマンショック以前の04~08年度は毎年度12~13億円の歳入があった。しかし、09年度は5.3億円にまで落ち込み、10~12年度も7~8億円程度で伸び悩んだ。

 最新の13年度決算では、法人町民税は7.3億円となった。09年度の5.3億円よりはマシだが、12年度の8.2億円と比較すると0.9億円の減である。アベノミクスの効果は、ここにはうかがえない。

設備投資は控えられている

 一方、寒川町の町税で最も歳入が大きいのは固定資産税である。景気の動向に左右されやすい法人町民税や個人町民税とは異なり、ここ10年間で見ても毎年度40億円台半ばで安定しており町の基幹税でもある。

 固定資産税を「土地」「家屋」「償却資産」の3つから見ると、土地については04~13年度の10年間、毎年度19億円台の歳入で安定している。家屋も12~14億円で推移しており、上下への振れはあまりない。

 ところが償却資産は、04~09年度は10~11億円で安定的に推移していたのが、10年度は8.7億円となって10億円の大台を割り込み、11年度の9億円、12年度の8.6億円となって、最新の13年度は8.4億円にまで落ち込んだ。

 町の財政当局の説明によると、企業の設備投資の手控えが主な要因であるという。リーマンショック直後に比べれば、最近は企業も設備投資の余裕が出てきていると町の経済産業部局から聞いていたが、13年度決算からはその傾向は読み取れない。

 ところが、大幅に歳入が増加した項目がある。「株式等譲渡所得割交付金」である。この税金は、一定の特定口座における上場株式等の譲渡による所得等の金額に対して課税されるもので、その税収の約6割が市町村に交付される。

 リーマンショック以前の05~07年度こそ、毎年度2千万円台の歳入があったが、08~12年度は400~500万円程度の歳入にとどまり、あまり目立たない交付金であった。

 ところが13年度決算では、リーマンショック以前の数字を上回る約4800万円となって、約430万円だった12年度の10倍以上となった。13年度は株の取引が前年度までよりも活発化したことが、自治体の歳入面にまで現れたのである。

 なお同様の理由で、12年度は約1600万円だった「配当割交付金」が、13年度決算では約2700万円まで上昇している。

 交付金とはいえ、厳しい町の財政にとっては新たな収入の誕生とも思えそうだが、町の財政当局の見方はつれなかった。アベノミクスに批判的な議員が決算審議で、「これは一時的なものであるから、来年度の予算編成ではアテにすべきではない」と指摘したところ、財政当局もそれをあっさり認め、「これらの交付金の伸びは来年度予算編成には反映させない」と答弁したのである。財政当局も、株高にあまり多くの期待はしていな
いということだ。

 これらは13年度決算、つまり昨年4月から今年3月までの話であるから、今年4月以降の動向までは反映されていない。だが、12年末に発足した安倍政権が進めてきたアベノミクスは、この13年度がいわば元年(度)である。アベノミクス元年(度)は、寒川町の決算状況を見る限り、地域経済に悪い影響も与えなかったが、良い影響も与えなかったと言える。

 各自治体で次々に発表される13年度決算状況をつぶさに見ていけば、より正確なことが分かるのではないかと思われる。


15:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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