GDP“マイナス6.8%ショック”で早くも15春闘スタート
グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢
8月22日、アメリカ西部・ロッキー山脈の高原リゾート・ジャクソンホールで開かれたカンザスシティー連銀主催の経済シンポジウムで,黒田日銀総裁が「(日銀の物価上昇目標を前提に)賃金上昇に向けて企業と労働者が協調できる」と述べた。黒田氏が賃金上昇に向けた労使協調」を強調したのは、この時期ならでの意図があるからだろう。
この1週間前、4~6月期の国内総生産(GDP)速報値が発表され、年率換算で実質6.8%減となった。この情報に接し、官邸に「マイナス6.8%ショック」の激震が走ったという。この主因は自動車と住宅・建設が駆け込み需要に人材の確保難から製造・工事が遅れたためで、“元凶”は労働力不足である。また秋には、消費税の再引き上げと追加金融緩和が待ちうけ、7~9月期のGDPがV字回復しないと「見送り」ないしは追加緩和のみというリスクシナリオも排除しきれず、となるとアベノミクスのダウンに直結しかねない。
それを見越して、まず政府が動いた。6月の「成長戦略」改訂2014版に「最低賃金の引き上げ」を盛り込み、7月には最賃の目安を16円引上げ、都道府県の地賃の結果で全国平均780円、率で2.1%アップに着地させた。そして冒頭の黒田発言、これで政府・日銀は賃上げというてっとり早く最も確実な手段で、「経済の好循環」の新たな高みに導こうという狙いだ。だが、これだけだと2匹目のドジョウだが、今年とは労働市場を巡る状況が一変しているので、そう思惑通りには運ばない。
非正規の時給は急上昇
14春闘の結果、賃金改善の二極化が進んだ。4~6月の「雇用者報酬」は前年比1.3%増と改善した。これは非正規労働者の時給改善と非労働力で所得ゼロだった人たちが労働市場に参入してきたことで、もっぱら非正規の賃金収入増が寄与したのである。就職情報誌でトヨタの期間社員の募集広告を見ていると、春ごろから時給1500円の高値が出るようになり、派遣「時給1500円」時代に突入した。最近では、「残業・深夜手当30H込みで月給28.3万円」にプラスして「赴任手当2万円、食事手当1万円、寮無料、満期報奨金3か月9.1万円・6か月32.9万円」の高額を謳っている。それでも人が集まらない。トヨタの期間従業員は現在約4000人いるとされているが、こ
れまでは週に200人程度採用していたものが、最近では週70人程度と3分の1くらいしか採れなくなっているという。
大阪ではグランフロント大阪やあべのハルカスなど大型商業施設の相次ぐ開業で、関西のフード系職種のパート・アルバイト時給が877円と32カ月連続のプラスである。また、被災地福島では除染作業で時給4000円の声が聞かれ、技術者派遣大手では時給5000円(月給だと80万円)と、“アベノ景気”効果による非正規時給の急上昇が拡大している。
他方、常用労働者の所定内給与は6月になってやっと前年同月比0.3%プラスとなり改善が遅れている。その結果、実質賃金は春闘後の4月が-3.8%、5月-3.9%、6月も-3.8%と3か月連続してマイナスが続いている。このように正社員の賃金が停滞したままでは、経済の好循環」はおろか消費税の閣議決定もおぼつかない。
来春闘は4-5%の要求が必要
この状況を打破するには、まず2015春闘の賃上げ要求について、労働組合が「物価上昇率+定期昇給+ベースアップ」の3要素から組み立てないと事が始まらない。日銀は、2014年度の消費者物価を1.3%、実質成長率を1.0%と見通しているが、民間エコノミストは同じく1.14%、0.67%と見込む。これを上記の要求式に定昇ベア2%として日銀の数値を当てはめると1.3+1.0+2.0=4.3%の要求になる。同じく民間エコノミスト予測の場合は3.8%要求になる。春闘要求にコンマ以下はないから、4%か5%のどちらかだ。
甘利明経済財政・再生大臣は、政労使会議を再開すると発言しており、9月から政労使会議の下での2回目の春闘がスタートする。連合は、労働制度改革の重要課題の議論と共に15春闘賃上げについて、政労使会議を大枠合意の場を活用して、新しい合意形成型春闘システムの形成に積極的に関与してもらいたい。