日誌


2014/07/27

POLITICAL ECONOMY 第22号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
GDP“マイナス6.8%ショック”で早くも15春闘スタート 
       
        グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 8月22日、アメリカ西部・ロッキー山脈の高原リゾート・ジャクソンホールで開かれたカンザスシティー連銀主催の経済シンポジウムで,黒田日銀総裁が「(日銀の物価上昇目標を前提に)賃金上昇に向けて企業と労働者が協調できる」と述べた。黒田氏が賃金上昇に向けた労使協調」を強調したのは、この時期ならでの意図があるからだろう。

 この1週間前、4~6月期の国内総生産(GDP)速報値が発表され、年率換算で実質6.8%減となった。この情報に接し、官邸に「マイナス6.8%ショック」の激震が走ったという。この主因は自動車と住宅・建設が駆け込み需要に人材の確保難から製造・工事が遅れたためで、“元凶”は労働力不足である。また秋には、消費税の再引き上げと追加金融緩和が待ちうけ、7~9月期のGDPがV字回復しないと「見送り」ないしは追加緩和のみというリスクシナリオも排除しきれず、となるとアベノミクスのダウンに直結しかねない。

 それを見越して、まず政府が動いた。6月の「成長戦略」改訂2014版に「最低賃金の引き上げ」を盛り込み、7月には最賃の目安を16円引上げ、都道府県の地賃の結果で全国平均780円、率で2.1%アップに着地させた。そして冒頭の黒田発言、これで政府・日銀は賃上げというてっとり早く最も確実な手段で、「経済の好循環」の新たな高みに導こうという狙いだ。だが、これだけだと2匹目のドジョウだが、今年とは労働市場を巡る状況が一変しているので、そう思惑通りには運ばない。

非正規の時給は急上昇

 14春闘の結果、賃金改善の二極化が進んだ。4~6月の「雇用者報酬」は前年比1.3%増と改善した。これは非正規労働者の時給改善と非労働力で所得ゼロだった人たちが労働市場に参入してきたことで、もっぱら非正規の賃金収入増が寄与したのである。就職情報誌でトヨタの期間社員の募集広告を見ていると、春ごろから時給1500円の高値が出るようになり、派遣「時給1500円」時代に突入した。最近では、「残業・深夜手当30H込みで月給28.3万円」にプラスして「赴任手当2万円、食事手当1万円、寮無料、満期報奨金3か月9.1万円・6か月32.9万円」の高額を謳っている。それでも人が集まらない。トヨタの期間従業員は現在約4000人いるとされているが、こ
れまでは週に200人程度採用していたものが、最近では週70人程度と3分の1くらいしか採れなくなっているという。

 大阪ではグランフロント大阪やあべのハルカスなど大型商業施設の相次ぐ開業で、関西のフード系職種のパート・アルバイト時給が877円と32カ月連続のプラスである。また、被災地福島では除染作業で時給4000円の声が聞かれ、技術者派遣大手では時給5000円(月給だと80万円)と、“アベノ景気”効果による非正規時給の急上昇が拡大している。

 他方、常用労働者の所定内給与は6月になってやっと前年同月比0.3%プラスとなり改善が遅れている。その結果、実質賃金は春闘後の4月が-3.8%、5月-3.9%、6月も-3.8%と3か月連続してマイナスが続いている。このように正社員の賃金が停滞したままでは、経済の好循環」はおろか消費税の閣議決定もおぼつかない。

来春闘は4-5%の要求が必要

 この状況を打破するには、まず2015春闘の賃上げ要求について、労働組合が「物価上昇率+定期昇給+ベースアップ」の3要素から組み立てないと事が始まらない。日銀は、2014年度の消費者物価を1.3%、実質成長率を1.0%と見通しているが、民間エコノミストは同じく1.14%、0.67%と見込む。これを上記の要求式に定昇ベア2%として日銀の数値を当てはめると1.3+1.0+2.0=4.3%の要求になる。同じく民間エコノミスト予測の場合は3.8%要求になる。春闘要求にコンマ以下はないから、4%か5%のどちらかだ。

 甘利明経済財政・再生大臣は、政労使会議を再開すると発言しており、9月から政労使会議の下での2回目の春闘がスタートする。連合は、労働制度改革の重要課題の議論と共に15春闘賃上げについて、政労使会議を大枠合意の場を活用して、新しい合意形成型春闘システムの形成に積極的に関与してもらいたい。


10:17

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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