日誌


2014/08/26

POLITICAL ECONOMY 第23号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
円安と減税で儲けるトヨタ
        
                                     横浜市立大学名誉教授 金子文夫

記録更新が続く営業利益

 トヨタ自動車の業績が好調だ。2013年度(2014年3月期:2013年4月~2014年3月)の営業利益は2兆2921億円に達し、6年ぶりに過去最高益を実現した(連結ベース)。純利益1兆8230億円、売上高25兆6920億円、生産台数903万台というたいへんな記録である。3月の賃金交渉では、政府の要請を受け入れ、トヨタは2700円のベースアップを回答している。

 2014年4~6月期の営業利益も6927億円に達し、四半期としては過去最高を実現した。純利益5877億円も過去最高だ。間もなく発表される7~9月期の業績もほぼ同様となるだろう。トヨタは2014年5月の決算説明会で、前年度から営業利益が9712億円増加した要因について、為替9000億円、原価低減2900億円、営業努力1800億円等のプラス面、諸経費増加4800億円といったマイナス面をあげている。近年は原価低減、つまり部品調達コスト削減などの生産過程にかかわる要因が大きく、為替変動は円高によりマイナス要因であったのが、2013年度はアベノミクスによって円安が進んだ効果が大きかったといえる。トヨタの計算では米ドルは83円から100円へ、ユーロは107円から134円へと変動している。

 しかし、トヨタは円安を利用して輸出台数を伸ばしたわけではない。決算報告書に記載された日本国内の生産台数から販売台数を引いた数字を輸出台数としてカウントしてみると、2012年度の200万台に対して、2013年度は197万台にとどまっている。つまり、円安に対応して海外での販売価格を下げて台数を伸ばすのでなく、販売価格を据え置いて円での手取り額を増やしたと考えられる。

  この結果、生産台数は前年度に比べてそれほど大きく伸びていないにもかかわらず、営業利益は73.5%も引き上げられることになった。これを反映して、純利益は89.5%の増加を達成した。
 
トヨタはどれだけ税金を納めているのか

 2014年5月8日の決算発表の席上、豊田社長は次のような注目すべき発言をしている。

 「この4年間、関係する皆様のご協力をいただきながら懸命に努力を続けたことにより、経営体質は確実に強くなりました。日本においても税金を納めることができる状態となり・・・」

 これはどういう意味か。現在の日本の法人税制では、収益(課税所得)がマイナスになった場合、その年度に納税を免れるだけでなく、マイナス分を次年度以降に繰り越し、マイナスが解消するまで最長7年間税金を納めないでおくことができる。2008年のリーマンショックで赤字に陥ったトヨタは、日本国内では2008年度から4年間、欠損の繰り越しを行い、海外子会社
の収益と相殺し、大幅に納税額を削減してきた。2007年度の納税額が9115億円に達していたのに対し、2008年度は実質ゼロ、以下2009年度927億円、2010年度3128億円、2011年度2623億円、2012年度5517億円と推移し、2013年度は7678億円まで増加してきた。それでも2007年度の水準には回復していない。

減税政策の恩恵

 アベノミクスの成長戦略の目玉として、法人税減税が取り沙汰されている。しかし、トヨタのような大企業に対しては、すでに手厚い減税措置が講じられている。2013年度の場合、税引き前利益は2兆4411億円であり、これに法定税率37.6%をかけると、税額は9179億円となる。ただし、研究開発費等の税額控除1587億円、海外子会社との法定税率の差(外国税額控除)781億円など、様々な控除が加わり、納税額7678億円、実効税率は31.5%に低下している。

 また、税引き前利益の算出にあたっても、税制上の問題がある。『文芸春秋』2013年9月号の富岡幸雄氏による「法人税を下げる前に企業長者番付の復活を」という記事は、「受取配当金益金不算入制度」の不当性を論じている。これは、企業が保有する他社株式の配当金を受け取った場合、関係会社からの配当金は100%、それ以外の会社からの配当金は50%が利益金に算入されないという制度である。トヨタの2008年から13年までの受取配当金は6年間で2兆3246億円にのぼるが、この多くの部分には税金がかからないというのである。こうした項目を算入した税効果会計適用後の2013年度実効税率は何と22.9%まで減少する。

  このような法人税制を残したまま、法定税率を20%台まで引き下げていくとすれば、トヨタの実質的税負担がさらに軽くなることは間違いない。


15:36

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告