日誌


2015/11/17

POLITICAL ECONOMY 第38号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
日銀の財政ファイナンスの行き着く先は?
                        横浜アクションリサーチ副代表 金子 文夫

 2015年12月18日、黒田日銀総裁は大規模な金融緩和の補完策(QQE2.5)を発表した。日銀が購入する国債の残存期間の延長、株価指数連動の上場投資信託(EFT)買入れ枠(年間3兆円)に3千億円の追加などが主な内容であり、2%の物価上昇目標達成が見通せないまま、打てる手段が限界にきているといえる。日銀の保有する国債は2012年末には110兆円程度だったが、15年末には320兆円を突破し、この調子でいけば2017年末には500兆円に迫るだろう。GDPに等しいほどの規模に膨れ上がる。

 一方、2016年度の政府予算では、新規国債発行額はやや減少とはいえ、34兆4300億円を見込んでおり、累積債務は一段と積み上がることになる。日銀が国債を買い集め、長期金利が低水準に張り付いているため金利負担は軽くてすむが、日銀による財政ファイナンスの現実は隠すべくもない。

 利上げに踏み切ったアメリカFRBと日銀の資産規模を比べてみよう。FRBの資産規模はリーマンショック時から2倍以上に膨らんだが、それでもGDPの4分の1程度、その半分が米国債である。ただし米国債は世界中で保有されているため、FRB保有高はせいぜい15%ぐらいだろう。日銀の資産規模は直近の2年間で3倍に膨張し、GDPの4分の3に迫る。日銀資産の大半は国債であり、国の債務残高の3分の1を引き受けている。このような赤字国債の大量発行、日銀による大量購入がいつまで続けられるだろうか。また、日銀が国債購入を減少させた場合、長期金利上昇、財政運営の不安定化が避けられないのではないか。

戦前・戦時を上回る公債依存度

 財政運営に責任をもつ財務省は、累積債務の解消方法をどう考えているのか。2015年9月の財政制度等審議会財政制度分科会に提出された資料「戦後の我が国財政の変遷と今後の課題」は、興味深い事実を明らかにしている。この資料は財政規模、国債発行額、公債依存度、新規公債発行額の対GDP比、政府債務残高の対GDP比などについて、戦前・戦後の長期的推移を示している。

 戦後の一般会計歳出規模は一貫して拡大し、2000年代に入って横ばいになったものの、リーマンショック以後再び増大して100兆円に近づいている。これに対して税収は1990年までは並行して増加していたが、以後は減少過程に入り、いわゆる「ワニの口」状態になった。そのギャップを埋める新規国債発行額は1990年代に30兆円台になり、リーマンショック以後は50兆円を越えた。その結果、歳入の公債依存度は40~50%に跳ね上がり、新規国債発行額の対GDP比は10%を突破した。政府債務残高は1990年度200兆円、2000年度500兆円と増加し、2015年度には1167兆円に達した。2015年度の対GDP比は231.1%となった。

 こうした数値を戦前のデータと比較してみよう。戦前の公債依存度は満州事変後の1932~34年度に30%を越えたがその後は減少し、1944年度に42.0%に急上昇した。また同じ時期に新規国債発行額の対GDP比も急増しているが、1944年度でも7.2%である。政府債務残高の対GDP比は204.0%であった。つまり近年の公債依存状況は戦前・戦時期をはるかに上回る規模に達している。最近の事態について同資料は「歴史的にも、国際的にも、例をみない水準にまで債務残高は累増」と語っている。

 さらにこの資料は、戦後混乱期に政府債務残高がいかに圧縮されたかを明らかにしている。1944年度の債務残高は1520億円で名目GDPの204%に達していたが、46年度56%、47年度28%、48年度20%と急減を記録した。この間、卸売物価上昇率は、46年度433%、47年度196%、48年度166%といった激しいものであった。戦後の非常事態として、預金封鎖、新円切替、1回限りの財産税、戦時補償特別税などの危機対策が打たれるなかで、結局はハイパーインフレによって債務残高の対GDP比が圧縮されたわけである。

 現在の日本でハイパーインフレを起こすことはまずできないだろう。といって経済成長率を上げて税収の自然増を見込むことも無理だろう。そうとすれば、残された手段は、一方で一定水準のインフレを進め、他方で消費税などのさらなる増税を図るぐらいしかないのではないだろうか。


09:53

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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