日誌


2015/11/29

「グローカル通信」第22号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「福島県浜通りの今と未来」
 =福島県南相馬市からの視点=
                       
                    一般社団法人 えこえね南相馬研究機構理事 中山弘

 2015年末、秋に実施された国勢調査の速報値が発表された。福島県相双地方は原子力災害でその多くが避難指示区域等に指定されたが、2010年調査の19万5950人から8万4043人(42.9%)減少し11万1907人となった。特に全域が避難指示区域になっている大熊、双葉、富岡、浪江の4町では人口がゼロになった。

 復興に関して言うと、政府が復興に投じる事業費は今後、絞り込まれていく。23年度から27年度まで5年間の「集中復興期間」には26兆3000億円の復興財源を計上したが、28年度から5年間の「復興・創生期間」の事業費は総額6兆5000億円程度で、これまでの4分の1となる。

 このような状況の中で、今回は南相馬市の20km圏内に位置する小高区の帰還に向けた動き、それから相双地区の未来に向けた取組みを紹介させていただく。

帰還に向けた動き

 南相馬市では16年4月の20km圏内の避難解除が目の前に迫ってきている。小高駅周辺では、住民を中心とした地域を活性化する取り組みが盛んになっており、コミュニティカフェ、アンテナショップ屋外カフェ、皆が集える拠点などが次々と生まれている。また、行政は復興拠点施設の整備計画ワークショップや住民説明会を開催し帰還に弾みを付けようとしている。

 昨年から実施している帰還に向けた準備宿泊の登録者数は住民の約1割である。放射線量でみると、太平洋に面している東側は年間1mSv(ミリシーベルト)の目標値を十分に満たしているが、山に近い西側では国が帰還基準としている年間20 mSvギリギリのところもあり、健康面への不安から避難解除を延期して欲しいという話も出ている。放射線と健康の受け止め方は、人により様々である。特に若い世代は子育てに不安を感じるので、住まない傾向が強い。14年12月に指定解除がされた南相馬市の特定避難勧奨地点152世帯でも戻っている人は少ないようだ。

 このような状況から、戻りたいという海側や中心市街地の人たちが準備を進める一方で、解除に反対する人たちもいて、悩ましいところである。小中学校の再開に関しても、各家庭がおかれている状況によって考え方は異なり、意見をそろえるのが難しいとも感じる。震災から5年、新しい生活環境が整いつつあるなかで、懐かしい場所で暮らしたいと思う一方で、健康への不安、補償の継続要望などいろいろな想いが錯綜している。自分たちが引き起こしたわけではない原発事故に翻弄される日々はまだ続いていく。
 

未来に向けた取組み

 このような中で、若い人たちを中心に、未来に向けた解決策を模索する動きが始まっている。福島大学では、原子力災害からの地域再生をめざす「ふくしま未来学」という特修プログラムを展開している。その一環として15年8月から9月にかけて2週間のフィールドワークを実施した。受講生22名が、南相馬市原町区に2週間滞在し、地域の方たちとの交流を通して現状と課題、さらに地域の魅力を学んだ。これらの活動のなかで、復興に向けて強い意志で取組んでいる地元の方の姿や言葉に心を動かされ、継続的に関わりを持つ思いが受講生の中に生まれた。そこで、小高区の復興文化祭でブースの手伝いをしたり、原町区の「あきいち」では南相馬市を中心にした活動の様子を「みなみそうま復興大学」で展示し交流を深めた。さらに、12月には、市民情報交流センターでフィールドワーク報告会&ワークショップを開催して、今後の取組みを市民たちと話し合った。

 「みなみそうま復興大学」は、若い世代が転出し高齢化が加速している現状を打開するために、地域と大学とが一体となって地域の課題解決に取り組むことで、復興を担う人材の育成や地域活性化を図る目的で、昨年6月に設置された。今後、地域住民、大学、行政、企業、外部支援者などが協働するプラットフォームになることを期待している。

 また15年12月には双葉8町村の住民たちが、繋がって情報や問題を共有して今後に役立てる「双葉郡未来会議」をいわき市で開催した。震災から5年目の今、民間レベルでの連携を生み出して、それぞれの町村、町村民の今後の取組みや復興につなげていく。出来ることから始めようという趣旨である。そのモデルとなっているのは、13年1月からスタートした「いわき未来会議」であり、誰もが参加できるワークショップ形式の対話の場で、ファシリテーション講座なども含めて、継続的な活動をしている。南相馬市でも、このような取組みを導入したいという声もあり、連携していけたら良いと思う。

 いずれにしても、未来をつくっていくのは若い世代の想いとこれを支えるシニア世代であり、このようなネットワークの輪が広がっていけたら良いと思う。人と人が出会い、感じていることを共有し、違いや問題からも気づきや学びを得ることが大切だと感じている。

 放射能が心配ですと言っていた女子学生も、現地に来て、自分の目で見て、人の話を聞いて、その想いに共感し継続的に通うようになっている。

 「百聞は一見に如かず」、ぜひ南相馬や浜通りを訪れてみていただきたい。


10:41

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告