日誌


2023/10/28

POLITICAL ECONOMY第250号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
小児集中治療室の不足と北大病院の挑戦
       労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 平均寿命が話題になるにつけ日本人は健康水準に恵まれている人が多い、と誰もが思う。新生児についても同様だろう。しかし、1~4歳に限ると死亡率は先進14か国中でアメリカについで2位と高い。アメリカは他殺が多い。日本のトップは事故死で先天奇形、悪性新生物、肺炎、心疾患などの順である。NHK・クローズアップ現代は、2010年7月28日に、この調査を担った田中哲郎さんを招いて番組を製作・放映している。そこでは、日本における小児専用の集中治療室(PICU)の整備の遅れなどが指摘されていた(「NHK・クローズアップ現代・放送記録」から)。

 ※調査の対象は日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、カナダ、オーストラリア、オランダ、スイス、ベルギー、スウェーデン、オーストリア。データは1999年。但し、カナダとスペインは1998年、ベルギーは1996年。オーストリアは2000年。

 「欧州各国では小児人口約4万人に1床のPICUが存在する。わが国でも欧州各国と同程度の病床数が必要と仮定すると、2017年度の16歳未満人口1675万人から、必要なPICU病床数は約420床と試算される。これに比しPICU病床数は280床」にとどまっている(日本集中治療医学会小児集中治療委員会「わが国における小児集中治療室の現状調査」日集中医誌 2019年26号 p.221)。直近の状況は、全国のPICUは37施設、345床(厚労省「医療施設調査」2020年10月1日現在)。この年の16歳未満人口は1611万人で必要PICU床は403床となる。PICUの不足が国際的に明らかになってから四半世紀、改善はみられるもののまだ足りていない。また、このPICU, 地域間格差の大きい点も問題だ。

北大病院がめざすPICUとは

 フジテレビが昨年の10月から12月に放映したドラマ「PICU 小児集中治療室」の舞台は北海道。その道内、PICUは道立子ども総合医療・療育センターの6床のみ。「日本小児循環器学会などのまとめでは、PICU1床あたりの小児人口は関東や近畿が約3万人なのに対し、道内は約9万人と全国ワーストレベルだ」と(読売新聞オンライン2023.8.19)。

 このような状況下、北海道でPICUの新たな取り組みが明らかになった。2031年予定の北海道大学新病院でのPICUの運用である。道内各地の多臓器障害の子どもたちを対象とし、ベッド数は8床、24時間寄り添う専門チームを支えるスタッフは「働き方改革」を重視しての50人体制。併せ、「科学・教育機関としての機能を確保し、さらには人員不足、高齢化が問題である道内各地域の勤務小児科医や、かかりつけ小児科医の負担軽減」を意図した、意欲的・戦略的なものだ。すでに今年の4月に小児科内にPICUグループを発足させている。

クラウドファンディングで人材育成費を調達

 このPICUの運用へ向けて、注目すべき動きがあった。そこで働くコア人材の育成費用の調達に、現場スタッフが「小さな命に寄り添い続ける。北海道で『小児集中治療室PICU』設立へ」を掲げて、クラウドファンディング(CF)の形式で、挑戦したことである。このCFは、寄付金控除型、実施方式はAll or Nothing型で、プラットフォームはREADYFORが担当。期間は今年の7月3日から8月31日までの2ヵ月間。地元の新聞やテレビにも取り上げられた。

 第一目標金額はPICUの集中治療専門医と集中治療認証看護師、集中治療専門臨床工学技士、集中治療専門理学療法士など12人の育成費で700万円。この目標額は開始から、なんと3日で達成。そこで、第二目標として認定看護師(クリティカルケア、小児救急など)と専門看護師(急性・重症患者看護専門看護師)5人分の育成費、看護師の自己研修eラーニングツール5年分の費用などから1,100万円を追加し、1,800万円に挑戦することとなった(表参照)。 

 最終日の寄付総額は2306万円、目標額を大幅に上回って「成立」した。寄付は854件(=100%)、そのほとんどは個人(95%)から。個人が寄せた寄付額(=100%)の最多は10,000円(41%)、これに5,000円(37%)と30,000円(11%)が続き、これらを合わせると9割にもなる。

応援メッセージにみる熱いエール

 CFの期間中の応援メッセージから、このプロジェクトに賛同した人達の思いが伝わってくる。

 他県のPICUを利用した方からの感謝を込めたものや、「北海道へのPICU設置は国策としての医療政策であり、本来は国、北海道、大学の三者が協議の上、空間機器整備、人員の確保・養成を行うべきと考えます」という指摘をしたうえでの応援もある。

 ここでは二つのことを付け加えておきたい。ひとつは応援メッセージの多くは「頑張って下さい」、「応援しています」と、短い。この続きは、別の応援メッセージにあった「子どもは私たち全員の将来の希望です!全員助けたい」になるのではなかろうか。もうひとつは医療関係者からの応援が目に付くことである。小児医療の当面している課題を知る「仲間」も支援へと動いたようだ。

 今回のCFの「成立」は、北大新病院が2031年に向け計画している意欲的・戦略的PICUに、多くの市民や医療関係者が、その必要性とコア人材の育成に緊急性のあることを認めた結果である。このようなユニークな「生い立ち」をもったPICUの運用が着実に前進することを願う。と同時に、この取り組みは PICU不足地域にも示唆するところが多々あるように思われる。


15:37

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告