日誌


2023/11/22

POLITICAL ECONOMY第251号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
管理通貨制度のもと日銀は無からカネを生みだす
                           
                                  経済アナリスト 柏木 勉 

 12月になって来年度政府予算編成が大詰めを迎える。そこで年中行が始まる。政府の借金が大変だ大変だという大合唱である。そこで、小生が長年にわたって不可思議に思ってきたのは、いわゆる左翼・リベラル、あるいはマルクス経済学(マル経)といわれる学者、研究者でも「政府の借金が大変だ大変だ。財政再建が重要だ」といいふらす方々が多いことである。

 しかし、左翼やマル経の先生方は、基本的に次のような考えに立ってきたのではないのか?いわゆる福祉国家論、あるいは国家独占資本主義論である。というより両者は密接不可分、セットになっている。例えば大内力は、金本位制から離脱した管理通貨制度のもとで、政府・中央銀行が通貨発行の大幅な自由度を得たことを、次のように述べている。

 「国家独占資本主義はなによりも金本位制度を放棄し、通貨を国家権力の管理下におく。それによって、さしあたり国内的には、中央銀行券の発行が準備金からきりはなされ、政府の自由な裁量にゆだねられることになる。それはいうまでもなく、インフレーションをさまざまの程度において促進するフリーハンドが政府に与えられたことを意味する。」(大内力「国家独占資本主義・破綻の構造」 1983年P151)

 「このように発券の制約がなくなることによって、まずもっとも大きな変化をこうむるのは、いうまでもなく第二の金融政策である。ここでは資金の供給力をどう調整するかは政策の決定にゆだねられる。」(同前P.152)

 また多くのマル経学者も昔から次のように述べるのが一般的だった。
 「こうした強制力(注:日銀法による決済の強制力―引用者)にもとづいて流通する紙幣は、その性質上、発行者はこれをいくらでも発行できる。・・・中央銀行は・・・必要のさい市中銀行にたいして貸し出しをするとか、また市中銀行から有価証券を買い入れることによって市中銀行に資金を供給する。(三宅義夫「金」 岩波新書1968年、P.51-52)、                 
「中央銀行は・・・銀行券は自分で印刷機を回していくらでもつ
くり出しうる」(同P.55)

キーボードを叩けばいくらでもカネは出てくる

 主流派経済学ではどうだろうか?同じことを云っている。元FRB議長ベン・バーナンキは次のように述べている。「政府はキーストローク、つまりバランスシートへの電子的な記帳を行うことで支出する。・・・キーボードのキーがあるかぎり、政府がそれを叩きさえすれば、利払い資金が生み出されてバランスシートに書き込まれる。」(ランダル・レイ、邦訳「MMT現代貨幣理論入門」2019年 P.149)

 いわゆるキーストローク・マネーである。このように、管理通貨制度のもとでは無からカネが生み出される。中央銀行・日銀がキーボードを叩けば、カネは1兆円でも10兆円でも50兆円でも生み出せる。従って「財源はどうする? 財源がみつからない、もうすぐ財政破綻だ」と大騒ぎするのは全くの誤りだ。

 まずは、この点を頭に叩き込まないと全てを間違う。そうでないと結局は、社会保障費は削減され、国民生活の維持・向上は望めない。左翼・リベラルも財務省にだまされる。というよりだまされてきた。立憲民主党の先生方はリベラルなのかわからない。
だが、例えば野田元首相はひどかった。いまでもひどい。税と社会保障の一体改革では消費税の引き上げを決定した。そして「消費税は社会保障の安定財源だ」とした。全くの虚偽である。消費税増税分のほとんどは政府の借金返済にあてられている。社会保障の充実分はわずかだ。これも「借金が大変だ」が固定観念として頭にこびりついているからだ。

「打ち出の小槌」論のまやかし

 カネはいくらでもある。財政支出の中身こそが問題。以上をふまえて一点だけ述べたい(「現代の理論」にも書かせてもらったことだが、再度云いたい)。国債発行に対して「打ち出の小槌はない」との俗世間的な非難がなされている。しかし、前述のように日銀は、文字通りカネを生み出す「打ち出の小槌」である。この非難は「民間の企業や個人」と「中央銀行」を区別しない無知蒙昧からくるのだ。


 しかし日銀はカネを生むが、実物のモノ、サービスを生み出す「打ち出の小槌」ではない。したがって、日銀が生み出すカネによって財政支出して、それが国民の真のニーズにそった実物のモノ、サービスを生み出すことが重要である。それこそが真の財政規律だ。

 軍備拡張は、実物としては戦闘機や戦車やミサイルを生産する。だが、それらをいくらつくっても無駄遣いだ。なぜなら訓練で戦闘機がいくら飛び回っても戦車が走り回っても何も生み出さないから。国民生活向上になんら役立たない。逆に資源、労働の無駄遣いである。戦争になったらそれは究極の無駄遣いだ。それどころか国民が蓄積してきた実物資産は破壊され人間がどんどん死ぬ。実物の生産という視点が重要なのだ。

 「増税はいやだ、いやだ」というようにカネばかり見ていると、自民党の有力な積極財政派に簡単にだまされる。彼らは「いやいや、増税はいたしません。カネは日銀がいくらでもつくりますから増税などしません。防衛費2倍でも増税しません。大丈夫ですよ。財源はいくらでもあります」と言ってくる。彼らはすでに財務省の官僚を論破している。立憲民主党をはじめとした野党の経済オンチより、よっぽど経済を勉強している。

 繰り返して言う。カネはいくらでも生み出せるのだ。重要なのは、そのカネを使って「国民の真のニーズにそった実物のモノを生産し、サービスを生み出すこと」だ。 実物が重要だ。カネは重要ではない。                 


11:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告