日誌


2023/09/10

POLITICAL ECONOMY第249号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
この場に及んでもまだ「デフレ脱却を目指す」滑稽さ
                              経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 消費者物価はプラスが2年を超えて続き、18カ月連続で日銀が目標としている2%を超えている。生活を脅かしているのはインフレだ。デフレではない。ところが政府は賃上げと物価上昇の好循環となっていないという理由で「デフレは脱却していない」と言いつつ物価高騰対策を行っている。意訳すると「物価が下がるといけないので、物価高騰対策で物価を下げます」ということなのだが、この文脈を理解できる人は多くないだろう。政策がちぐはぐになるのは当たり前だ。

 9月の消費者物価上昇率は2.8%(生鮮食品を除く)で、消費者物価はプラスが2年1カ月続いている。日銀が目標としている2%を超えたのは22年4月から18カ月連続となっている。こうした状況でも政府は「デフレではないが、脱却はしていない」という認識なので「脱デフレ宣言」をしない。

  理由は今のインフレが後戻りしてデフレにならないという確証を得るためには、需要増が必要で、そのためには持続的な賃上げが求められるというのだ。2年以上インフレが続いてもまだ「後戻りする」かもしれないという不安を持っているのだろう。

「脱デフレ」のための4条件とは

 政府は「脱デフレ」のためには4つの条件を掲げている。
1、消費者物価上昇率が2%を超えていること、
2、GDPデフレーターがプラスであること、 
3、需給ギャップ(GDPギャップ)がプラスであること、
4、単位労働コストがプラスであること-である。

 二つ目のGDPデフレーターは、企業が買うモノの値段まで含めた総合的な物価指数で、名目GDPを実質GDPで割ることで算出される。22年10-12月期から3期連続で前年同期比プラスとなっている。23年7-9月期はプラス5.1%と1981年1-3月期(5.1%)以来の高水準となった。

 三つ目が、需給ギャップである。経済全体の総需要と供給力の差で、GDPギャップともいわれる。需要が供給力を上回るとプラスとなる。内閣府の推計によると、23年4-6月期 の需給ギャップは+0.4%とプラスに転じた(図参照)。19年7-9月期以来だ。図を見ると17年から19年にかけて需要が膨らんでいる。一時はプラス2%近くまで上がったが、デフレ脱却宣言はなかった。

 四つ目の単位労働コストというのは、賃金が物価にどれだけ影響しているかを示す指標で、実質GDPに対して名目の雇用者報酬が占める割合が、前年同期比でプラスかマイナスを見る。21年7-9月期以降、23年1-3月期を除いてプラスになっている(23年7-9月期もプラス)。

 こうしてみるとどのデータもクリアしているのだが、ことはそう簡単ではない。需給ギャップはまだ1期だけなので持続的とはいえない。7-9月期は再びマイナスに転落すると見られている。しかも需給ギャップの推計は、内閣府のほか日銀も出している。日銀の推計では23年4-6月期はまだマイナスのままだ。つまり100%条件がそろっているとはいえないのである。

 政府が「デフレ脱却」4条件を決めたのは2006年とされる。当時の与謝野馨内閣府特命担当大臣が、06年3月6日の参議院予算委員会で「デフレ脱却とは、物価が持続的に下落する状況を脱し、再びそうした状況に戻る見込みがないこと等考えております。その実際の判断に当たっては、例えば需給ギャップや、ユニット・レーバー・コストといったマクロ的な物価変動要因を踏まえる必要があり、消費者物価やGDPデフレーター等の物価の基調や背景を総合的に考慮して慎重に判断してまいりたい」と答弁している。

 この答弁をよく読むと4つの条件は「例えば」となっているし、判断は「総合的に」考慮するとなっている。しかも、この答弁の前に、「経済の状況が、実質成長率も名目成長率も一定以上のプラスになり、物価も安定的に推移をし、また経済成長に伴う健全な物価上昇が起こっているという、まあ全体の状況を判断するわけでございまして、そこに何か決められた方程式があるわけではありません」とも述べている。つまり4つの指標を参考にしながら判断するということなのだ。

ちらつくアベノミクスの影

 さて岸田首相だが、ハードルを上げている。臨時国会の所信表明演説では「デフレ完全脱却」などと言い出し「完全」が付いてしまったのだ。4科目平均80点取れば合格だったのが、4科目とも80点以上、それも3回のテスト連続で、80点以下に後戻りすることがないと確証が得られなければ合格としない。こんなことをしたら受験生は怒るだろう。

 おかしなことを続けているのは政府だけではない、日銀も同じだ。日銀は、10月30-31日の金融政策決定会合で、長期金利の1%超えを容認した。市場の金利上昇圧力を受けての修正だが、大規模金融緩和は続けるという。31日に出された「経済・物価情勢の展望」では、24年度の物価見通しを+2.8%と上方修正した。あと1年半は2%を超えると見ているのだ。このような見通しを持っても「後戻り」するというのだろうか。

 欧米諸国が経済政策と金融政策を「対デフレ」から「対インフレ」に転換したのは1年半前だ。日本がこの場に及んでもあいまいな態度を続ける理由はただひとつ「アベノミクス」をおもんばかってのことだろう。これでは激変する経済情勢に対応できない。


11:43

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告