日誌


2023/08/23

POLITICAL ECONOMY第248号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
グローバルサウスの正体

      クローバル産業雇用研究所 所長  小林 良暢

 少しばかり古い話であるが、6月下旬に訪米したインドのナレンドラ・モディ首相が、ワシントンで熱烈な歓迎を受けたという。また、9月の主要20カ国・地域首脳会議(G20)では同首相が議長を務めた。

台頭するグローバルサウス

 グローバルサウスという概念は、冷戦時代のソ連が欧米に対抗するためにつくり出したものだと言われている。グローバルサウスとは、大まかにアジア、アフリカ、中南米、オセアニアの途上国を指す。これらグローバルサウスの国が、ウクライナからのロシア軍の即時撤退を求める国連決議の採択や国際安全保障についても発言が重みを増していることが、2023年の世界のこれまでにない特徴であるとされている。

 世界資本主義の総本山であるNY証券取引市場、その中心的な株価指数であるS&P500(S&P500種指数)は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスLLCが公表している株価指数である。具体的には、市場規模、流動性、業種等を勘案して選ばれたニューヨーク証券取引所やNASDAQに上場および登録されている約500銘柄を、時価総額で加重平均し指数化したものである。

 この指数は、S&Pの時価稔額の15%近くを占める欧米の優良企業やグーグルの親会社アルファベットやスターバックス、マイクロソフトなど世界的なトップ企業で構成されており、グローバルサウスに地政学的チャンスを付与しているが、その中にインド出身企業が多く名を連ねている。

 こうした覇権を競う大国の論理がぶつかりあう証券世界にあって、揺れ動く国際証券秩序のカギを握る存在として、その台頭を最も体現している国がインドだと言われている。
なぜインドなのか。

世界経済に構造的変化が起きている

 この10年ほどの世界経済の間で、いくつかの証券取引の土台を揺るがす構造的変化が生じてきている。

第1に、アメリカがグローバル化の推進役を担うことを放棄したことである。かつてのように、アメリカに世界の仕切りを担わせることは無理になっていることだ。

第2に、世界の国々が目指す方向として、民主主義がその重みを体現しているとはもはや言い切れなくなっており、そうした切り口だけでは世界を制御できなくなっているといということだ。

第3に、大半の途上国も昔に比べて成長してきているが、その半面でアメリカ政府がサプライチェーンを国内や友好国の間で完結させることを目指し、ヨーロッパ及び日本との連携を強めようとしている。

第4に、AI(人工知能)と産業の自動化が急激に進展し始めたことで、世界で地政学的な亀裂を拡大させつつ、先進諸国とグローバルサウスとの間に、新たな利害調整をめぐる亀裂を生み出して、これが深刻な波乱要因になり始めていることである。

 これらは、グローバルサウスの国々の姿勢に問題があったこと確かなようだ。グローバルサウスの中で最も成長著しい国で、言語では英語圏、数学先進国の特技を生かして、そのまとめ役を目指すインドは、地政学的にも紅海沿岸の国やインド洋などへの影響力を発揮して、グリーンなどの分野においても、発言力を増しつつある。

日本と親密なトルコ

 そうした中で、トルコが東と西の両方を見渡せる位置に立っている。地政学的な分断をまたぐような立ち位置をとる極めて重要な国であるからだ。トルコは、これまでロシア、中国、ブラジルと強固な関係を築くことに注力し、南アフリカとインドにはあまり目を向けてこなかったようだ。

 また、(西側の)主要国の中では唯一の例外として、日本とは非常に好位置を築き、その立ち位置を維持しようとしている。トルコと日本の協力関係は歴史的な結び付きでもあり、外交努力で成果を上げている。日本はトルコとの関係を構築し、トルコは日本を尊重しており、両国の関係はこれまで非常に安定してきている。

 最後に中国にふれると、「あなたたち(アメリカ人)と手を結ぶと説教される」という話が、外交筋ではよく言われてきた。しかし、以下のような途上国出身者の発言を引き合いに出して、「中国はこのグローバルサウスという新種の種を開発して、新しい種まきをいそしんでいるところだ」と言う。米財務長官などを歴任した経済学者のローレンス・サマーズは、「中国人と手を結べば空港ができる」と言う一方で、「あなたたちと手を結べば説教される」と、陰口をたたいているという。

 こうした互いに微妙な関係が織りなす中で、グローバルサウスが深く静かに進行しているということだ。


21:34

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

第44回研究会
「21世紀のインドネシア経済-成長の軌跡と構造変化」

講師:加納啓良氏(東京大学名誉教授)

日時:5月11日(土)14時~17時

場所:専修大学神田校舎10号館11階10115教室(会場が変更となりました。お間違えないように)

資料代:500円
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これまでの研究会

第34回研究会(2020年2月15日)「厳しさ増す韓国経済のゆくえ」(福島大学経済経営学類教授 佐野孝治氏)


第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12f日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授田中隆之氏)

これまでの研究会報告