<STAP細胞余話>
細胞に与えるストレスの新しい役割を提起
サイエンスライター 男澤宏也
世の中、まだまだ常識を覆す未知の世界が潜んでいた―。理化学研究所と米ハーバード大学の共同研究グループによる新しい多能性細胞であるSTAP細胞(刺激惹起性多能性獲得幹細胞)に関する論文が1月30日発行の英国の科学誌「Nature」に掲載され、今なおマスコミをにぎわしている。1980年代後半の“高温超電導フィーバー”には及ばないが、筆頭著者の理研・小保方晴子さんの“割烹着”の白衣姿をはじめ、将来のノーベル賞候補も見込める、本格的“リケジョ”といった人物像も含めて報道が大々的になされた。その一方、論文データの一部に不自然さがあるという指摘があり、一転してバッシングともいえる報道も始まっている。
海外メディアの“事前”報道が発端
このニュースは発行元のNature Publishing Groupが通常よりも厳しい解禁条件をつけて、事前にプレスリリースしたものである。しかし、ある海外メディアが、記事の重要性からか“解禁破り”に踏み切り、NPGが解禁設定を急きょ、解除した経緯がある。事の重要性を判断して、いち早く報道に踏み切った海外メディアの意気込みを垣間見た感じである。
ここでSTAP細胞は何かという解説を行うつもりは毛頭ない。もちろん、門外漢の私にとってできるはずもない。ただ、マスコミ情報をみても、私に限らず、外部からの刺激でどんな万能細胞にも生まれ変わるという、言葉の持つやさしさも手伝って、かなり広範の人に、驚きを与えたのではないないだろうか。2012年ノーベル生理学・医学賞受賞の山中伸弥京都大教授が発見したiPS細胞(人工多能性幹細胞)が遺伝子操作によって万能細胞に初期化する、いわゆる時間を巻き戻す新手法と同じ範疇に入ると思うが、物理的刺激などを外界から加えるだけで再プログラムする簡便さに驚くばかりである。しかし、人為的操作によって体細胞の分化を初期化するという発見は、iPS細胞の方がショックは強烈であった。
今回は、哺乳動物であるネズミの赤ちゃんのリンパ球に、弱酸性溶液に短時間浸漬するとか、細管を通すなど、何らかのストレスを与えるだけで、万能細胞に巻き戻したという意味で、再生医療の手法にまだまだ未知の道が残されていたということを思い知らされた。
同時に何らかの刺激が発癌に至るということも議論されており、STAP細胞の発表と同時に発癌メカニズムの解明にも役立つのではとコメントする研究者もいて、細胞に与えるストレスはまさに紙一重、そのメカニズムはどうなっているのかわからないが、ストレスの新しい役割を再認識するに十分である。
課題が多い人への適用
こうした外界からのストレスによる簡単な万能細胞の生成のメカニズムの解明はもちろんであるが、ヒトにも適用できるのかどうかなど、課題は多々あるようだ。ヒトの臨床応用に到達しているiPS細胞に比べると未知数の要素は大きい。高温超電導フィーバーの際には「追試論文」によって日の目を見たということもあり、真贋について議論の余地はなかった。このSTAP細胞の場合、まだ追試成功は共同研究グループ内を除いて聞こえてこない。評価には時間をまだ要するということだろう。一部のデータ疑惑に伴い、当の理研、発行元のNatureなど、関係機関がその調査に乗り出しているが、調査がどこまで及ぶのか、それらの調査結果に関心が移っている。
この報道に伴い、真っ先に浮かんだのは、再生医療がどこまで進むのだろうかという恐れみたいなものである。ES細胞(胚性幹細胞)までは再生医学の倫理的側面の議論が活発であったように思う。しかしiPS細胞の出現以降、卵子などの生命誕生にまつわる倫理的束縛から解放?されるという特徴もあって、議論は少なくなっている傾向にある。
近年、人間の平均寿命は年3カ月の割合で伸びているという。「平均寿命150歳時代も迎える」、「人間は1000歳まで生きられる」といった、ショッキングな言葉も行き交っている。医学の発達要因だけではないにしても、寿命の伸長とは何かを考えさせられる。