日誌


2023/02/20

POLITICAL ECONOMY第234号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
支えられて地域で暮らす権利―選択肢は多いほど良い
                    街角ウォッチャー 金田麗子

 北海道の社会福祉法人「あすなろ福祉会」のグループホーム(以下GHという)で、20年以上前から、結婚や同居を希望する知的障がい者に、不妊処置を提案し8組16人が受けていた問題が明らかになって衝撃をもたらした。

 ではGHにおいて障害者の子育て支援を想定しているかというと、戸惑いがあるのも事実だ。共同通信が、日本グループホーム学会を通じて行った調査でも、結婚出産子育てを「支援している」という回答は2割だった。支援ハードルの最多7割が、「職員の人手」問題。「職員や家族の理解」もあるが、「居室の広さなどハード面」、「資金面の問題」なども大きな要因だ。

 GHは障害者総合支援法に基づき、「原則18歳以上」の障がいがある人が、地域で支援を受けながら自立生活を送ってもらうことを目的に、成人が個室で生活することを想定し、少人数で共同生活を営む制度である。運営側は利用者のニーズに応じて、食事や入浴などの生活上の援助を行っている。一戸建てや賃貸マンションなど様々な形態があり、原則入居定員は2人以上10人以下で個室である。厚生労働省によると、GHの事業所数は全国約1万1000で、約16万人が利用している。

グループホームで子育てを想定した規定はない

 厚労省は1月の通知で養育支援のため障害福祉サービスや子育て支援施策を最大限活用するよう要請しているだけで、GHの入居要件から外れる子どもの位置づけは不明確なまま。障がい者向けに特化した育児支援制度もなく、GHの育児支援のコスト負担についても整理されていない。

 日本グループホーム学会荒井隆一代表も「寮や下宿のような形態で共同生活を送っているケースが多く、子育てが物理的に困難な場合もある。自分で借りた物件での支援の提供など選択肢を増やしたうえで、GHの在り方を抜本的に見直すべき」と述べている。(「東京新聞」23年2月24日付け)

 私の職場であるGHは7名定員。元社宅の二階建ての3棟を繋いでいて、それぞれの個室に3人、2人、2人が居住している。各棟に台所、リビング、風呂、トイレが付いていて、共同利用している。

 居室は個室ではあるが、共同生活部分も多く、時に大声を出す利用者や、不安定になる利用者もいて、このGHの形態では、希望者がいても出産子育ては無理だろうと思う。

 現在3人が結婚を希望している。彼らの希望はGH外に居室を構えることである。そのために就労や貯蓄金銭管理などの相談支援をおこなってきた。

 これまでも、個別支援計画の中で、全員に一人暮らしを目指して施設を出るための準備支援をしてきているので、結婚出産もGH内ではなく、転居による支援を目指す方がよいと思ってきた。

出産育児の支援を行うグループホームもある

 しかし今回の事件を受けての報道で、出産育児の支援を行ってきたGHのケースを読んで考え直した。選択肢はたくさんあった方がよいと思えたからだ。

 神奈川県茅ケ崎市のNPO法人「UCHI(うち)」のGHは、20年前から6家族の子育て支援をしてきたという。子育て支援はGHのサービス外なので、地域の保健師や行政の子育て関係の窓口とつないで支援を受けられるように尽力。GHは家計管理や相談助言を行ってきた。現在は4歳、0歳の子育てをしている男女夫婦をサポートしている。

 夫婦はNPO法人がGHとして運営している賃貸マンションの一室で生活している。子どもともども毎日法人事務所のある一軒家に立ち寄り、他の利用者たちと一緒に食事をしている。「結婚や子育ては自立した人のみに許されるという価値観が、障がいのある人の願いを阻んできた」と、牧野賢一理事長は言う。当事者は、生活上の相談に乗ってもらえる職員がいることが安心と話す。(「東京」、「朝日」、「読売新聞」2023年2月)

 信頼できる職員や団体の長期的支援が安心を与えていると言えるが、法人の負担が大きく、国の財政的支援が不可欠なことは言うまでもない。

 そもそも厚生労働省は一人暮らしを希望する障害者が、地域で暮らせるよう障害者総合支援法を改正。一人暮らし定着のために、グループホームを退去した後も、「一定期間」GHの事業者が相談支援に対応するよう求めている。

 社会福祉法人「東京都手をつなぐ育成会連携型大田」の朝熊貴史施設長は、「『一定期間』ではなく、特性に応じた継続的な支援が必要」、「『一定期間』後もどこにつなぐのか。GHがずっと退所者を支援するのは難しい。地域で一人暮らしを支援する体制が求められる」と述べている。(「朝日新聞」23年2月7日付け)

 障がい者が、結婚、出産、子育てを希望することは、支援を受けながら地域で生活していくことの一部として当然だ。だからこそ、対応できるGHの在り方を、ハード面も含め検討し、支援者を含め長期的に支えるための財源支出こそ公助の最たるものとして国の責務だと思う。


17:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告