日誌


2023/02/09

POLITICAL ECONOMY第233号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
シリコンバレー銀行破綻で表面化した暗号資産の危うさ
                    金融取引法研究者 笠原 一郎

 今月12日、暗号資産業界への多額の融資で知られる総資産 約27兆円のシリコンバレー銀行破綻のニュースが世界を駆け巡った。これに先立つ今月10日、暗号資産のドル決済を担っていたシルバーゲート銀行が多額の資金流失により自主閉鎖に追い込まれていた。暗号資産に深く関わっていたこれらの銀行では、関連資金の流失が続いていたところに、米国金融政策の転換による急激な金利上昇を受けた米国債価格の急落による巨額の損失計上が直撃し、資金繰りが行き詰ったことによるものとされる。

 この資金流失の背景としては、昨年11月初め、世界を驚かせた米国大手暗号資産“取引所(交換業者)”の経営破綻にある。2019年にMIT出身の若者たちによって香港で起業されたFTX社は、各国の規制をかい潜るように甘いところ、緩いところと拠点を移しつつ急成長を遂げ、野球の大谷翔平選手らスーパースターを広告塔に起用したことでも大きな話題となっていた。FTX社はその後、顧客から預かった財産の流用など、不透明かつ杜撰な経営実態が明らかになり、顧客からの取り付けが相次ぎ、米国連邦破産法11条(Cyupter11)を申請し破たんした。この破綻騒ぎの中で、不正アクサスによる巨額の暗号資産流失も加わり、全世界にわたる顧客が預けた計50億ドル(約7兆円)近くが戻らない状況となっていた。

暗号資産か、仮想通貨か

 このFTX社が取り扱う暗号資産(Crypto Asset)とは、仮想通貨(Virtual Currency)とも称せられ、そもそもは2008年にサトシ・ナカモトという謎の人物により発表された論文から生れた。当初、ナカモトはこの論文で、この暗号技術によって特定の団体・個人に管理されることのない保全された記録を、従来、金融機関に依存していた決済対価(通貨)としての役割を担うプラットフォームとして、個人間で直接やり取りする電子的決済システムを提示した。この仕組みはインターネット上で暗号記録を共有する参加者が相互にブロックチェーン技術を用いた分散の仕組みのうえに成り立っているとされる。これにビットコイン(BITCOIN)の名称を付けたことから、「仮想通貨」とも呼ばれることとなった。

 ナカモトはこの理論を実践し、BITCOINをマイニング(採掘・・・暗号を解読することでコインが新たに“ご褒美”でもらえるという? 大量の電力を消費するこの仕組みを筆者にはどうしても理解できないが)により発行したとされる。現在は、当初のBITCOINから始まり、様々なBITCOIN“もどき‐亜種”が発行され、全世界で2万を超える亜種が取引されていると言われている。

 日本においては、2014年に暗号資産交換業者の先駆けであったマウントGOX社がハッキングにより巨額の資産を流出させた事件(その後、破綻)もあり、海の者か山の者かわからないこの暗号資産が投機の対象と化してきたことに対し、おっかなびっくりのスタンスだった当局も利用者保護の観点から法整備の議論を始めるところとなった。それ以前、カネの臭いを感じた?自民党は早々にIT特命委員会が「ビットコインをはじめとする『価値記録』への対応」報告書(2014年)を取りまとめ、この新種に対し強い関心を示していた。

 こうして、制度・規制の整備の第一歩として、国際的な動向を踏まえその呼称を「暗号資産」とする改正資金決済法が施行(2017年)されたが、その匿名性の高さからテロ資金・マネーロンダリングへの強い懸念も残ることとなった。その後も、その巨額の暗号資産が流出する事案の発生が続き、その価格操作が疑われる事案、取引記録が秘匿されるコインの登場や過度な投機勧誘もみられたことから、2019年には”コイン”の登録・保全措置等の規制を強化する改正がされている。FTX社日本法人は親会社の破綻を受けて業務を停止したが、日本ではこうした保全規制もあり、先月末に顧客資産は返還されたと報道されている。

 そもそもFTX社が取り扱った暗号資産は、当初、ナカモトが提唱した分散管理されるものではなく、中央集権的に自社で管理するというものである。ほとんど規制が存在しない、やりたい放題の国々・地域において、いわば“勝手に採掘”したと称する、“仮想”というより“架空”のものであり、FTX社幹部はSEC(米証券取引委員会)により詐欺容疑で刑事訴追されている。

グローバルな規制の議論は始まったばかり

 この仮想通貨と呼ばれた暗号資産の性質は、日銀券などの強制通用力のある通貨ではないものの、法令上は物品購入等の代価の弁済のため不特定のものに使用できると定義されている。一方で現状は、これ自体の価格が“市場”において大きく変動する投資(投機)対象と化しており、この点について、識者の多く・・・バーナンキ元FRB(米連邦準備制度理事会)議長、ウォーレン・バフェット、果ては厚切りジェイソン等々まで・・・は、その永続性・匿名性の高さ・ハッキングによる巨額な流出の危険性等々への疑念を示しており、FSB(金融安定化理事会)・IMF(国際通貨基金)等におけるグローバルな規制の調査・導入の議論は始まったところである。

 こうした国際的な規制つくりは難航し、実効性に欠けるのが常である。そこでどうだろう、まずは、利用者・投資者にその”資産性”を再考してもらうためにも、名称を嗅覚鋭い自民党が当初名付けた「価値記録」あたりに、法令上も変えてみたらどうだろうか。広告・勧誘規制を組み合わせることで、多くの人は、このような “記録” に虎の子のお金を出してよいものか、今一度、立ち止まって考えてみるのではないだろうか。


09:52

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告