日誌


2023/01/23

POLITICAL ECONOMY第232号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
財政支出すると国民の貯蓄は増えるので財政破綻はない

                     経済アナリスト 柏木 勉
                               
 日銀の異次元金融緩和の修正やら出口やらの論議がかまびすしい。そして金融緩和に関連して、相も変わらず「巨額の政府債務」、「政府予算は借金頼み」、「財源確保は?」「限られた予算」等々いつまでたっても同じ呪文をくりかえしている。これらの呪文は虚偽そのものだ。以下では、一点だけ財政破綻はありえないことだけ説明したい。なぜ破綻しないかを理解すれば虚偽の言説に惑わされることはなく、国民のニーズに合致した財政支出拡大を声を大にして要求できる。

 政府が財政支出すると、国民の貯蓄は増えるのだ。だから俗論のように、「政府の借金=国債発行が民間貯蓄を食いつぶし、国債発行が困難になり財源が確保できず、財政破綻=国債発行は民間貯蓄があってはじめて消化されるという主張は、完全な誤りだ。これを、コロナ禍での特別定額給付金1人10万円の給付を例にとって説明したい。

民間貯蓄を増やすプロセスは

 10万円の支給と貯蓄増加のプロセスは以下の通りだ。(以下では「ですます調」にします)
 1 政府が国債を発行し、「銀行の日銀当座預金」を「政府の日銀当座預金」へ移します。 (銀行が国債を購入します。すると、その購入代金は政府のものになりますから、「銀行の日銀当座預金」から購入代金を「政府の日銀当座預金」へ移します。(振り替える)。この振替業務は日銀が行います。
2 政府・日銀が、銀行に対して国民が指定した口座に10万円振り込むように指示します。
3 国民の銀行預金口座が10万円増えます。これは銀行によるキーボード入力だけです。(ただの数字・データにすぎません)。

 これは、国民(民間)のカネの増加です。貯蓄増加です。普通「民間のマネーストックの増加=信用創造」といいます。
4 さて、国民の口座に10万円を増やした銀行は、そのままでは10万円の債務増加になったままです。銀行は国民へ支払う10万円を政府から支給されているわけではありません。ですから、支払い義務(債務)だけが生じています(銀行口座の預金は銀行の負債です)。
5 そこで日銀が、1で増えた「政府の日銀当座預金」から10万円を、「銀行の日銀当座預金」へ移します=振り替えて決裁します。
6 銀行としては、日銀当座預金が戻ってきますから、ふたたび国債を購入することができます。
 
(注)日銀当座預金は日銀内に設定された当座預金口座。一般企業、個人との取引はない。主要銀行(金融機関)と政府の間、各金融機関の間の取引決済を行う。銀行の日銀当座預金口座からの預金引出しで日銀券(現金)が発行される。日銀当座預金の金利は日銀の政策金利。

 3で明らかなように、財政支出は民間貯蓄を増やします。ですから、財政再建論者をはじめとした財政破綻論者は全くまちがっています。政府債務が「GDP比260%」になって大変だという俗論も完全な誤りです。財政破綻論者こそ破綻したことは明白です。かれらは国債発行残高が空前のものになっているのに、なぜ今も破綻しないのか、なんら説明できません。偶然だとでもいうのでしょうか?それなら、どのような偶然がどのように働いて財政破綻を防いだのか、説明すべきです。しかしそれは出来ない。だんまりをきめこみ、ただただ「破綻する」、「破綻する」と叫んでいる万年オオカミ少年そのものです。

 財務省やその御用学者の罪は重大です。立憲民主党などの財務省頭にこり固まった先生方も同罪です。彼らは「借金が大変だ、大変だ」と国民を脅し続けて、実は社会保障の充実、環境分野や教育投資など真に国民が望む分野への重点的支出を抑制しつづけたのです。

 無論、これら分野への財政支出拡充は、日本経済の供給能力(人、モノ)に余力がある期間においてです。供給余力がなくなる=景気過熱状態が続けば悪性インフレが始まります。ですが、いまだに日本経済は基本的には停滞基調で不況局面にあり、供給余力は十分にあります。

大軍拡は国民生活を貧しくする-当たり前ですが

 ところで、軍備倍増・大軍拡、さらには憲法9条廃棄へと戦争勢力による暴走が始まりました。「戦争をする国への道」を掃き清めようと、国民を巻き込む一大キャンペーンが展開され、遺憾ながら国民の相当部分が賛成しつつあります。

 当たり前ですが、これら大軍拡は経済的には上記の「真に国民が望む分野への重点的支出」を妨害するものにほかなりません。供給能力(人、モノ)を軍備拡大に充てるのですから、その分が国民生活を貧しくするのは理の当然です。断固反対し、ストップをかけなくてはなりません。同時に「戦争をする国への道」に対抗するには、強力な反ナショナリズム論と一体になった反戦運動が不可欠です。国家と結合したナショナリズムは、現実に存在する支配・被支配、現実の生活を忘却させ、たぶらかす幻想であり宗教です。

 「祖国日本防衛」?「普遍的価値」?「中華民族の偉大な復興」?「聖なるロシア」?たぶらかされてはいけません。

(追記) 上で述べた「悪性インフレ」は生産能力のフル稼働状態で起こるもの。今の日本のインフレは、コロナ禍やウクライナ戦争、異常気象等々により生産能力をフルに発揮できないことから起こっています。


12:45

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告