日誌


2023/01/10

POLITICAL ECONOMY第231号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
人工知能-「タスク浸食」への備えを

                             労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

  アメリカの経済学者ポール・クルーグマンがNYタイムズ電子版(12月6日付)に寄稿したコラム「知能との『会話』 知識労働まで置き換わるのか」の抄訳が朝日新聞(2022.12.16)に紹介されている。そのなかで、今までの「テクノロジーが取って代わった仕事は肉体労働を伴うことが多かった。筋肉が機械へと置き換わったのだ。産業用ロボットが流れ作業を代わりに担った一方で、知識労働者の需要が上がり続けた」。「しかし、これまで私たちが知識労働と考えてきたかなりの部分を、機械が取って代われるとしたらどうなるだろう」。そして、研究企業オープンAIが発表した「チャットGPT」を紹介している。  このAI対話ソフトについて、「中身のある正式な教育を受けた人間でなければできないと思われていた作業を可能にする最新技術の一例に過ぎない」と述べている。

「チャットGPT 」に労働組合の課題を訊ねてみた

  つぎに紹介するのは筆者が「チャットGPT」との“やりとり”をした直近の結果である(2023年2月9日)。回答は質問を送信してから5~6秒後に出てきた。なんとなく、それらしい、この間の話題をも取り込んだ回答である。評価するなら「優」「良」は無理としても「不可」ではないように思われる(回答の表現はそのママ)。

質問:日本の労働組合が今後取り組むべき課題を5つ以内で上げてください。

回答:
1.労働者の多様性への対応 - 例えば、フレックスタイムやテレワー
 クなど、様々なタイプの労働者が求める労働環境の改善。

2.賃金の格差の改善 - 労働組合は労働者の賃金格差を縮めることに
  取り組んでいます。

3.環境との調和 - 環境保護に力を入れていくことが重要です。

4.グローバルな労働問題への取り組み - 海外労働者の権利や労働環
  境の改善など、グローバルな労働問題に対応すること。

5.新しい技術と労働 - 人工知能やロボットなど、新しい技術の導入
  に伴う労働市場の変化に対応すること。

質問:この中で、最優先課題は何ですか?

回答:これは業界や地域によって異なりますが、一般的には労働者の
   多様性への対応が最優先課題とされています。労働市場は多様
   化しており、フレックスタイムやテレワークなど、様々なタイ
   プの労働者が求める労働環境を提供することが求められていま
   す。

       また、賃金の格差の改善や労働と環境の調和も重要な課題です
   が、労働者の多様性への対応が最も大切であるとされていま
   す。

  「チャットGPT」の利用者は利用提供後わずか2カ月で1億人を突破。マイクロソフトは「チャットGPT」を組み込んだ検索エンジン「ビング」を更新しグーグル一強の検索エンジンの巻き返しを図ろうとしている。グーグルも対話型AI「Bard」で一強維持に乗り出しているようだ。

 「人間の要求に応じて文字や画像を生成する『生成AI』は急速に進化を遂げており、米IT大手の競争が激化している」(「MS検索エンジン刷新」朝日新聞 2023.2.9)。人工知能の作成する偽情報が横行し、社会的連帯、商業、民主主義の基盤である信頼がさらに損なわれるとのリスクを懸念する声もあるが、需要と供給ともに勢いがついている。

人工知能の世界はキツネよりハリネズミ

 オックスフォード大学経済学フェローのダニエル・サスキンドは人工知能の展開を著書の中でつぎのように記述している。

 「古代ギリシャの詩人アルキロコスは、『キツネはたくさんのことを知っているが、 ハリネズミは大事なことを一つ知っている』と言った。-----この不思議な一文を発見したイギリスの哲学者アイザイア・バーリンが、人間の二つのタイプを区別する比喩として使用したことで、このフレーズは有名になった。二つのタイプとは、多くのことを少しずつ知る者(キツネ)と、少しのことをよく知る者(ハリネズミ)だ。

 本書の文脈においては、この比喩を人間と機械に流用することができるだろう。現時点の機械は典型的なハリネズミだ。それぞれの機械が、きわめて限定的で狭く定義されたタスク――デイープブルーならばチェス、アルファ碁ならば囲碁―― において、突出した能力を発揮するように設計されている」と(「WORLD WITHOUT WORK  AI時代の『大きな政府論』」みすず書房 2022年)。

デジタル革新へ長期的視点の対策を

 「デイープブルー」は1997年にチェスの世界チャンピオンを、「アルファ碁」は2015年にプロ囲碁棋士を破った。これは、タスクが明確でルールが確定しておれば大量のデータを「餌」にした人工知能やロボットは人間を上回ることがある、ということであろう。専門性の高い知識労働者の仕事も例外ではない。「タスクの浸食」が始まり、徐々に「ジョブの減少」にもつながりかねない。

 人工知能など最新のデジタル技術を組み込むデジタル革新は、働き方や暮らし方を大きく変える。それだけに、人材育成と生活のセイフティネットの再構築が課題となる。これらを見据えた長期的視点に立っての対策が求められている。

11:58

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告