始まった財政経済の軍事シフト
横浜アクションリサーチ 金子文夫
ウクライナ戦争の長期化、米中対立=「新冷戦」の激化と台湾有事の懸念、こうした背景のもと日本の軍拡を容認する世論が醸成され、財政経済の軍事シフトが急速に進行している。過去10年、9条改憲をゴールにして法制度の改定、法解釈の変更が重ねられてきたが、ここにきて岸田政権の軍拡への暴走が明らかになってきた。
安保3文書決定から軍拡予算へ
2022年12月に閣議決定された安保3文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)は、戦後日本の「安全保障政策」を大転換し、軍拡への道を開く画期となった。3文書はきわめて総合的・体系的な内容を備えており、2023年度予算決定、その後の関連法制定を通じて具体化されつつある。
問題点を3点指摘したい。
第一に、「専守防衛」路線から敵基地攻撃能力保有への転換が決定的に重要だ。いわゆる「抑止力」理論によってこれが正当化されているが、外交戦略を欠いた軍事力強化は、「米中新冷戦」への日本の「参戦」、東アジアにおける際限なき軍拡競争への突入を意味するだろう。
第二に、「防衛費」の突出した増額だ。NATO諸国並みのGDP比2%への引上げが目標とされており、GDP550兆円ならば11兆円、2022年度予算の2倍に達する。これを基準にして2023~27年度の5年間で43兆円の増額となる。その財源として増税と国債増発の組み合わせが不可避となろう。
第三に、軍事産業の育成だ。「国家安全保障戦略」には、「防衛生産・技術基盤の強化」「防衛装備移転の推進」が掲げられ、「国家防衛戦略」では、「防衛産業は国防を担うパートナー」と持ち上げ、その利益保証を約束している。
武器輸出規制の解除へ
戦後日本の武器輸出規制は、1967年に佐藤首相が表明した3原則(共産圏、国連決議により禁止されている国、紛争当事国への輸出禁止)、1976年に三木首相が表明したその拡大(武器輸出の原則的禁止)が長期間堅持されてきたが、2014年、安倍政権のもとで「防衛装備移転3原則」へと名称変更され、紛争当事国等への禁止、日本の安全保障に資する場合は容認、目的外使用等は規制という新3原則へと改定された。
しかし、共同開発の場合を除き、輸出できる装備品は救難、輸送、警戒、監視、掃海の5分野に限定されていた。そのため、部品・構成品は別として完成品の輸出はフィリピンへの警戒管制レーダー1件にとどまっていた。武器輸出3原則以来の規制力がなお機能していたと考えられる。
経団連は2022年4月の「防衛計画の大綱に向けた提言」において、武器輸出ルールの再検討、政府による支援を要請した。これを受けて「国家防衛戦略」には、3原則・運用指針の見直し、官民一体での武器輸出推進のため基金の創設という方針が盛り込まれた。その具体化を目指して岸田政権は、「防衛省の装備品等開発生産基盤強化法案」を国会に上程し、広範な装備品を官民連携のもとで生産・輸出する体制を築こうとしている。装備品の範囲を、従来抑制されてきた殺傷能力のある艦船、戦闘機などへと拡張する意見が政府・自民党内に出てきている。
ODAの変質とOSAの創設
途上国の経済社会開発を目的とするODAも、軍事化の波をかぶっている。日本のODA政策は、1992年の「政府開発援助(ODA)大綱」によって平和主義を基調とする理念が明確化され、2003年の改定でもその基調は維持された。
ところが、安倍政権下、2015年に大綱の名称が「開発協力大綱」へと変更されるとともに、「積極的平和主義」のもと国家安全保障戦略と関連づけられ、非軍事的目的であれば相手国の軍に対しても支援できるように扱いが変更された。
2022年、「開発協力大綱」の改定作業が進められ、23年4月に改定版の案が公表された。それによると、国家安全保障戦略の策定をふまえ、「同志国」等との連携を深めて戦略的に実施するという方針が示されている。ただし「非軍事原則」は維持されており、軍事援助には歯止めがかけられている。
しかし岸田政権は、新しい途上国支援の枠組みとして、OSA(政府安全保障能力強化支援)という軍事援助の方式を打ち出した。OSAはODAの制約を乗り越えるべく、「同志国」の軍に防衛装備品を無償で供与する方式であり、2023年度はすでにフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジー島への供与が予定されている。「同志国」とは、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)の理念を共有する諸国のことのようであり、日本からみれば中国包囲網形成の意図をもつが、その定義はあいまいだ。際限なく拡大されるかもしれない。また、供与する装備品は当面、救難・輸送等、武器輸出3原則改訂版に沿っているが、ウクライナへの殺傷兵器供給策も視野に入っており、3原則の
見直しに対応して拡張されていく可能性が十分にある。
このように岸田政権の軍拡路線は、国内・対外の両面に渡る包括的なものであり、増税といった国内の財源問題だけに目を奪われてしまってはならないだろう。