日誌


2016/01/15

POLITICAL ECONOMY 第38号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
“上昇期待感”に惑わされる専門家の株価予測

              NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
                              
  「年明け最初の週(1月4-8日)の株式相場は底堅い展開になりそうだ。日経平均株価は1万8000円台では年金や個人の押し目買いが入ることが確認され、下値不安は後退している。海外投資家も動き出し、新規資金の流入が見込めそうだ」。

 これは1月4日付の日本経済新聞「今週の市場欄」に掲載された株式市場見通しだ。無署名なので、日経の株式担当記者の執筆と思われる。同紙は経済専門紙らしく、元旦付で伊藤忠社長など主要企業経営者20人による今年の株価予想を特集、平均株価の高値、安値とその時期予測を一覧表で掲載している。高値予想の平均は2万2300円、安値は1万8000円前後に集中しているが、誰ひとりとして1万7000円割れを予想した人はいなかった。

  結果はご承知のように世界同時株安となり、日経平均株価は年初の1月4日から6営業日連続して下落、1949年の東京証券取引所再開して以降初めての事態となった。1ヵ月近くたつ今も1万7000円台をうろうろしており、1月29日に日銀がマイナス金利導入を決めたが、市場の反応は鈍く、前月末の終値に比べ10%前後の下落局面が続いている。異例の事態である。

 ここで論評しようとしているのは「後出しじゃんけん」よろしく、はずれた見通しのあら探しではない。一流の経済専門紙や一流の経営者たちがことごとく株価予測とその背景をなす景気予測を大きく読み違える病理についてである。

 株価が乱高下するのは経済常識のイロハではあるが、戦後だけでもスターリン暴落(1953年)、ニクソン・ショック(1971年)、ブラックマンデー(1987年)、リーマンショック(2008)、東日本大震災ショック(2011年)という大幅下落を経験している。このうち東日本大震災を除いていずれも国外要因が引き金となって10%前後の大暴落につながっているのが共通項として指摘されている。

グローバル経済が抱える深刻なリスク

 今回の株価下落の要因は後講釈でいろいろな要因分析が紙面を賑わしているが、要約すれば高成長で世界経済を牽引してきた中国経済の減速懸念とその影響を直接受ける新興国経済の変調、それとアメリカのシェール革命を契機とした原油・天然ガスの大幅切り下げと資源価格の長期低迷予測にあるとする解説がほとんど。しかし冷静に考えてみれば分かることだが、この二つの要因はなにも年明けに突然発生した「ショック」ではない。中国経済の変調は昨年8月の「人民元ショック」の時点で指摘されていたリスクであり、原油相場が崩れはじめたのは2014年後半からの一貫した動きとして観察されている。

 市場結果から見ると、こうした国外要因を軽視ないしは無視したことが読み違いに現れたと言えそうだ。主要経営者の予測でも「国内景気の回復で物価上昇期待が高まり、株価は5月にかけて上昇する」(岡藤・伊藤忠社長)、「主要企業は底堅い業績拡大が続く。賃上げや参院選に向けた政策期待などを背景に日経平均は高値を射程に捉える」(日比野・大和証券グループ社長)との理由を挙げており、国外要因を重視した形跡は見られない。

 一流経済紙、一流の経営者達が何故こうも楽観的な見通しを公表できるのであろうか。世界経済の長期停滞に警鐘を鳴らすサマーズ元米財務長官や中国経済の先行きに懸念を示す著名な投資家ジョージ・ソロス氏などの例を挙げるまでもなく、国際市場はグローバル経済が抱える深刻なリスクに晒されているという基本認識が不可欠だ。3年経っても日の目を見ない黒田日銀総裁の「物価上昇期待」と同様、日本の市場関係者に「株式相場の上昇期待」が強すぎるのではないか。それが市場を見る目を曇らせている。

 年明け早々の日経紙面を見ると、株式相場の上昇期待を意図して紙面論潮を作ったとの疑いをぬぐえない。


08:52

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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