日誌


2016/01/15

「グローカル通信」第23号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
廿日市市の市長選で考える民意

                   労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 昨年の10月、任期満了に伴う広島県廿日市市の市長選が実施された。前回、前々回の一騎打ちに対し今回の候補者は4人、全員無所属で旗幟鮮明とはいいがたい。投票の目安となる政策や経歴は広報で窺い知ることができるが、4年前の転入者にとっては各候補者の実績、資質、信頼性などはわからない。投票者の選定には困惑する。退職や親の介護をきっかけにUターンやJターン、あるいはIターンした人たちで同じ思いをする(した)人は少なくないのではなかろうか。今回は市長選について報告したい。

現職と3人の新人が立候補

 候補者の年齢、現職、推薦、選挙スローガンは順に、真野氏(72歳、無現・2期、「人権を尊重し、平和に暮らせるまちづくり 高齢者・女性・子どもが輝くまちづくり」)、川本氏(58歳、元副市長、無新、「元気イチバン!!姿勢を変えてイチバン!!住みたい街へ」)、松本氏(46歳、前市議、無新、「新しい廿日市市を始める」)、荻村氏(44歳、前市議、無新、「もっと廿日市 もっと住みたい もっとあたたかい」)である。市町村合併から10年、人口11.3万人弱、広島市に隣接し、沿岸部にも面しているが日本創成会議の消滅可能自治体(2040年までに20~39歳の女性が半減)に入っている。前回同様、市議補選も実施された。

 公示は10月11日、「合併10年 課題解決へ舌戦 現新4人が出陣式」(中国新聞)との見出しが躍った。公示後、普段はもっぱら地元住民の死亡・葬儀の案内を流す「防災廿日市市大野」に「10月18日は市長および市会議員の補欠選挙日です。暮らしにつながる大切な選挙です。みなさん、そろって投票しましょう……選挙管理委員会」の呼びかけが加わった。争点が「まちの活性化」という点では似ているが、そのための具体策では違いがありそうだ。候補者の宣伝カーからは「まちづくりに『ナニナニ』を」の声が、そして投票日が近づくと「地元の『ナニナニ』です」が増えた。

 散歩で顔見知りになった地元民が話す選挙の噂に聞き耳を立て、話の腰を折らないよう探りを入れる。一部の市民から、各候補の論点を明確にするため公開討論の呼びかけがあったが、候補者全員の賛意が得られず残念ながら流れた。投票者が絞れないまま投票日が近づく。当日は「他より増しじゃないか」という候補者に一票を投じた。

有権者の16.33%で3選市長誕生

 投開票は18日。投票率は48.66%、過去最低だった前回36.43%)を12.23ポイントも上回った。4氏の立候補が投票率を押し上げたことは間違いない。

 開票結果は、真野氏が15,480票で川本氏(14,319票)、松本氏(11,342票)、荻村氏(4,438票)を破った。新聞は「支持幅広く、真野さん笑顔」(中国新聞)、「廿日市市長 真野氏3選 組織力で3氏抑える」(朝日新聞)との見出しを打ったが、いささか説得力に欠ける。3選市長の獲得票は投票者数の33.55%、有権者数の僅か6.33%に留まっており、自・民・公・社と連合広島の推薦を受けていたことと照らし合わせると「組織力」が発揮されたとはとてもいえない。

見事な票割れ

 今回の結果で見落とせないもうひとつの点は票割れだ。民意の集約に問題を残している感が否めない。坂井豊貴氏は「一つの選択肢を決める投票の例には、小選挙区制のもとでの国会議員選挙や、自治体の長の選挙などがある。それらにおいてはボルダールールを使うのがよい。これは国会で公職選挙法を改正すれば可能である」(『多数決を疑う-社会的選択理論とはなにか』岩波新書2015年)と指摘している。ボルダールールとは例えば選択肢が3つだとしたら、1位に3点、2位に2点、3位に1点というように加点をして、その総和(ボルダ-得点)で全体の順位を決めるやり方である。このルールの採用に至たらずとも、3人以上で競い第1位の獲得投票者数が半数に届かない場合は、民意に決着を付けるため上位2者による決選投票ぐらいはやってもらいたいものだ。

 今回の市長選に首を突っ込んでいた散歩仲間に「最近、何か面白いことがありましたか」と尋ねたところ、「面白いことはいっそないが、腹の立つことは一杯ある」との言葉が返ってきた。何だかすっきりしない市長選だった。


11:45

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告