日誌


2016/01/24

POLITICAL ECONOMY 第40号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
利潤率の傾向的低下で長期停滞か
                       経済アナリスト 柏木 勉

 年初から世界経済の見通しが暗くなって、長期停滞論が論じられるようになってきた。今回の停滞論は2013年に米国のラリー・サマーズ元財務長官が論じたものである。サマーズは、リーマンショック後の米国経済の回復テンポが遅いことを重視し、金融危機収束後の完全雇用状態でも経済は長期的に停滞するのではないかと論じたのである。いわゆる潜在成長率が大幅に低下したというわけだ。その後、量的緩和からの出口段階になり、しばらく話題にのぼらなかったが、本年に入ってから再び取り上げられるようになってきた。

 さて、資本主義経済が長期停滞に陥るとなれば、利潤率の動向が最も重要になる。マルクスの利潤率の傾向的低下法則が頭に浮かぶが、今回はこの問題について少し考えてみよう。

 水野和夫氏は、利子率革命を論じ、利子率は長期にみれば実物投資の利潤率を表すとして、近年の超低金利の持続は資本主義の終焉を意味するとしている。だが、水野氏の主張は理論的には曖昧である。利子率と利潤率の相違が明確でないし資本主義の定義も曖昧である。マルクス的にいうと、利子は実物資本 (産業資本と商業資本) が生み出す利潤から分配されたものである。従って 利子生み資本の増殖率である利子率は利潤率によって規制される。だから利子率の長期低落傾向は利潤率の傾向的低下にもとづいていることになる。

マルクスの「利潤率の傾向的低下法則」は成立しないが・・・

  ここでマルクスの利潤率の傾向的低下法則の話になるが、マルクスは、新技術の導入で有機的構成が上昇すると利潤率は傾向的に低下するとした。しかしながら、利潤率は搾取率にも影響を受けるので有機的構成をもって確定的なことは云えない。だが、置塩信雄氏によって以下が証明されている。

  すなわち、搾取率の上昇をもってしても利潤率の上昇には上限がある。それはN/Cである(Nは生産手段に充当される労働量、Cは不変資本)。だから新技術の導入がN/Cを低下させれば利潤率も低下していく。いいかえると逆数C/N(明確化された有機的構成)が上昇すれば利潤率は下落する。しかし、新技術の導入はC/Nを上昇させるとは限らない。資本の技術的構成が高まってもC/Nは、不変資本Cにおける労働生産性の向上や賃金財の労働生産性いかんによって上昇するとは限らない。だから、その動向は歴史的に事実をもって見るしかない。

  そこで現在の統計で日本のC/Nの動きを見よう。その場合、説明は省略するがC/Nの近似値となるのが資本係数(K/Y:Kは資本ストック、Yは国内純生産)である。資本係数が上昇傾向であれば利潤率も低下していくのである。

 まず、日本製造業が欧米を席巻した1980年代を見ると、この時の新技術は大規模集積回路、それを活用した産業用ロボット、NC工作機械等々のマイクロエレクトロニクス(ME)技術であり、その驚異的発展にともない特に製造業において大量導入が開始された。そのリーディングセクターであった電機産業を見ると、その資本係数は以下のように急速に低下していった。

ME革命時の電機産業の資本係数(S51年(1976年)からS59年(1984年)まで)
        S51 S52 S54  S55  S58   S59
資本係数 2.37   2.06 1.56 1.27  0.98 0.89
 
 このME革命によって日本経済は、ジャパン・アズ・ナンバーワンと称され、日米貿易摩擦を深刻化させるほどに世界に冠たる地位へのぼりつめた。

 ところで、資本係数は資本集約度(これはおおまかにいうと技術的構成である)と労働生産性に分解されるが、資本集約度が上昇すると資本係数も上昇する。だが労働生産性が資本集約度以上に上昇すると資本係数は低下する。

 当時の電機産業はME技術の大量導入で資本集約度は8年間で7割上昇したが、労働生産性は実に5倍弱の上昇となった。その結果、資本係数は大きく低下し、利潤率は上昇の一途をたどったのである(国民経済計算ベース)。

  同時にME革命は、80年代の経済全体の資本係数を約2.8から3.2までの上昇幅(0.4)に抑制し、従来の上昇テンポは大幅に緩和された。その結果、利潤率(国民所得勘定ベース)は15%程度でほぼ安定的に推移したのである。

90年代以降資本係数が高まり資本過剰に

 だが1990年代に入ると、資本係数は3.2から4.2へと急速に跳ね上がった。1990年代の日本企業が資本係数の急上昇と同時に、バブル崩壊のなかで深刻な低迷に陥ったのは周知のところである。

  2000年代にはいってからは、資本係数の上昇は止まってはいるが4.2から4.3の高水準にあり、GDPの4倍以上の資本設備を抱えている。完全に資本過剰の状態である。この資本過剰に対し、企業は設備投資を極力抑制、減少させるなど資本ストックを減少させてきた。設備投資抑制で、保有する国内資本ストックの利潤率改善を図っている。また国内投資を抑制する一方で、海外直接投資を増大させており、国内景気がはかばかしくない中で、現在の企業利益は高水準という理由はここにある。

   さて、利潤率が長期低落傾向にあって、企業がそこから脱却しようとするのは当然である。この場合の新技術は、前述のように資本集約度の上昇を上回って労働生産性を上昇させるものでなくてはならない。資本主義の存続は本来的にそのような技術革新の成否にかかっている。それが企業、政府がしゃかりきになって叫ぶイノベーションである。


09:12

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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