日誌


2015/02/02

POLITICAL ECONOMY第28号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
武器輸出解禁からODA大綱改訂へ
         成長戦略と積極的平和主義の連結
                                        横浜市立大学名誉教授 金子文夫

 安倍政権の支持率が落ちない。秘密保護法制定、集団的自衛権行使容認、安保法制改訂等、改憲路線を暴走する安倍政権が支持率を落とさないのは、アベノミクスがそれなりに機能して、景気回復の期待感をもたせているからだろう。しかし、ここにきて2%のインフレターゲットが達成できず、官邸と日銀の間に隙間風が吹くなど、アベノミクスは賞味期限切れの兆候を示している。アベノミクスの3本の矢のうち、異次元の金融緩和と機動的財政出動は、もともと短期的効果しか望めないものである以上、手詰まり状態は明らかだ。ただし、第3の矢の成長戦略は様々な規制緩和策を並べたもので、即効性はないとはいえ長期的影響には注意を要する。

 安倍政権の2本柱、アベノミクス(日本再興戦略)と積極的平和主義(改憲戦略)は、これまでのところ並行して展開しているが、両者を連結する手法も現れている。武器輸出解禁とODA大綱の改訂である。

 武器輸出解禁は、2014年4月の「防衛装備移転3原則」閣議決定によって実施段階に入った。現行憲法の平和主義の一指標である武器輸出3原則は、1960年代佐藤政権時に提起され、1970年代三木政権時に定式化された。共産圏、国連の禁輸国、国際紛争当事国向けの武器輸出を規制する政策だが、実際には武器輸出一般を禁止する形で運用されてきた。このため武器生産メーカーは販路が国内市場(自衛隊)に限定され、少量高コスト生産が常態化した。その後、米国への技術供与、国際共同開発といった例外が次々に現れたものの、3原則は基本的に維持されてきた。民主党政権下、3原則の見直しが提起されるようになり、安倍政権のもとで、2013年12月の「国家安全保障戦略」策定に基づき、ついに「防衛装備移転3原則」へと切り替えられることになった。

新たな段階に入った対外政策の軍事化

 新3原則は、①国連禁輸国、紛争当事国への輸出禁止(旧3原則の継承)、②「平和貢献」、「日本の安全保障」目的には許容、③第三国移転の規制であり、これまでの例外を一般化したものであって、武器輸出解禁策にほかならない。日本の軍事産業の市場規模は1兆6000億円にとどまっているため、40兆円以上とみられる世界市場への参入を目論んでいるわけで、成長戦略としての規制緩和の一環と考えられる。

 ODA大綱は、2015年2月の「開発協力大綱」閣議決定によって、転換が明らかになった。日本のODA政策の基本は、1992年の「ODA大綱」制定、2003年の改訂によって内外に示されてきた。そこでは、「外国軍への支援は禁止」など、軍事的利用への歯止めが明示されていた。

 しかし、今回の改訂によって、大綱の名称が変わるとともに、内容も大きく転換している。新大綱の要点としては、国益の重視を正面にすえ、他国軍への非軍事的分野での支援、ODA卒業国への供与(非ODA枠予算の設定)、民間企業・自治体等との連携などがあげられている。他国軍への支援は、「民生目的、災害救助など非軍事的目的」に限るとしているが、それが歯止めにならないことは目に見えている。全体として、「国家安全保障戦略」をふまえた積極的平和主義の観点が濃厚な大綱となっている。武器輸出との関連でいえば、これまでもインドネシアやベトナムへの巡視艇供与が問題とされてきたが、今回の改訂によってそうしたODAが公然と実施できるようになった。中国との対抗を意識したASEAN諸国への軍事的ODA供与がこれから増えていくことになろう。これもまた一種の規制緩和であって、成長戦略にも通じている。

 成長戦略と積極的平和主義の連結、ODAによる武器輸出解禁によって、日本の対外政策の軍事化は新たな段階に入ろうとしている。


17:11

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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