日誌


2018/11/26

POLITICAL ECONOMY 130号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
現実はドラマより残酷か
                 まちかどウォッチャー 金田 麗子

 ゴールデンタイムのドラマの最終回、決意したヒロイン役の新垣結衣がパワハラ社長に言う。

 「社長に大声で怒鳴られ、次々矢継ぎ早に指示され、心が死にそうになった。本当に死ぬ前に辞めます。上司を選ぶ権利は私にもあるんです」

 ドラマは社会派というわけでもなく、軽いコメデイタッチで、パワハラ社長も憎めない男に描かれていたが、社長の理不尽な要求や反論を許さない暴言恫喝に追いつめられたヒロインが、疲れ果て無意識のまま、何度も電車に飛び込みそうになった場面が描写されていたから、冒頭の発言はリアリテイがあった。

 2015年電通の女性社員が、入社9か月で長時間労働とパワハラが原因で自殺に追い込まれた、痛ましい記憶がよぎって、ドラマの中の同僚と同様、「良く言った」とヒロインを励ましたくなった。ネットの反応を見ても、視聴者にとっての現実とリンクする内容だったようだ。社員がまるで家来であるかのような社長の言動。びくびく顔色をうかがいながら、やる気や効率、生産性、きらきらした目標設定などに追い込まれ、できない自分を責め落ち込む社員。労働者の人権だの、働く権利だの、もう死語なの?という世界はドラマの中ばかりではないから、ゴールデンタイムの連続ドラマになる必然性があったのだろう。

 心身を病んで、取り返しのつかないことになるより退職に賛成だが、このドラマの続き、退職後はどんな可能性が待っているだろうか。

転職すれば非正規労働者

 現在、新卒採用は売り手市場といわれている。2019年3月に卒業する大学生の内定率は、2018年9月1日現在で91.6%と前年と比べて3.2%上昇している(株式会社リクルート調査)。就職率(卒業生に占める就職者数の割合)は2017年3月の大学学部卒76.1%、2018年3月は77.1%(文部科学省「学校基本調査」)とバブル崩壊前の水準まで上昇している。同調査によると、就職の中身も2012年3月卒の正規就職率は60.0%だったが、2018年3月は74.1%と跳ねあがっている。

 しかし一方で、「若年期の離職状況と離職後のキャリア形成」(労働政策研究・研修機構2017年2月)によると、初めての正社員勤務先を離職した人の1年後、男性3割、女性4割が非正規労働者になっており、病気療養の人も男女ともに1割いる。

 「壮年非正規雇用労働者の仕事と生活に関する研究」(労働政策研究・研修機構、2015年)によると、日本では新卒時に正社員になれないと、そのまま非正規の職にとどまり続けることが多い。男性の30歳時非正規雇用の場合、35歳時に正規雇用になるのは28.0%でしかない。また壮年期(35〜44歳)に転職する際、正社員であっても退職時の状況が、「深夜就業があった」「休日が週一日も無いことがあった」「仕事が原因の心身のけがや病気」「職場のいじめ嫌がらせを受けた」「一週間の労働時間が60時間を超えた」のいずれかに該当すると、そうでない場合より転職先で非正規になる確率が3.9%増加すると分析されている。ひどい目にあって転職する方が、ましな職場だった人よりさらにひどい目にあうという、負のスパイラルが待っていると言うのだ。

妊娠出産を機に解雇・雇止め、マタハラ横行の現実

 総務省「労働力調査」によると、2018年8月の完全失業率は2.4%と改善傾向にあるが、非正規雇用者が増え続ける構造は変わっておらず、2017年は2036万人と過去最高となった。うち女性は1389万人。同調査によると女性は、25〜34歳の非正規社員比率が、この20年大きく上昇しているという。

 しかも厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」(2017年)によると、一般労働者の平均所定内給与は、男性を100とすると、女性は73.4という状況だ。これが非正規になると55%程度と格差はさらに大きい。派遣社員の数は女性の方が多く、子育て期の女性に派遣が多い事も問題だ。

 その上妊娠出産を機に解雇・雇止めされたり、精神的肉体的に嫌がらせを受ける「マタニテイハラスメント」(マタハラ)が横行している。連合の調査で20代から40代の女性の約3割がマタハラを受けていたという。

 最初聞いたときは耳を疑った。結婚出産しても働き続けられることが、半世紀前の労働組合の女性の労働権の課題だった。それが今日、無事に出産することも許さない職場が横行していて、2人目は流産してもいいじゃないと言い放つ介護、看護職場って究極のブラック。産休を理由に解雇は違法だが、産休時期前にクビにしてしまうということだ。

 つまりドラマの主人公は、最悪の事態はかろうじて避けられたとはいえ、正規社員として転職できるであろうか。労働条件もさらに悪化する恐れがある。

 次のドラマは、労働法を駆使して会社と交渉し、ブラックな職場を変える。ああ言えばこう言う女たち。ノウハウがいっぱいのカタルシスに満ちたドラマを、ぜひゴールデンタイムにやってもらいたいものだ。


09:24

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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