日誌


2018/10/21

POLITICAL ECONOMY 129号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
イタリア混迷の理由
それは自らの構造的腐敗堕落と頑迷ドイツの石頭   
                     経済アナリスト 柏木 勉

 イタリア連立政権は、2019年政府予算案について財政赤字抑制が不十分とするEUとの対立を激化させている。EUの制裁金発動への強い反発が、国内はもちろんEU加盟国の反EU勢力(極右勢力、ポピュリズム)の伸長という不安を増大させている。これに対するマスコミの反応は、もっぱらイタリアの政府予算案をバラマキと批判してEUの対応(その中心はドイツだ)を支持する論調一色である。

疲弊するイタリア国民

 しかし、これらの論調はなぜ現下の状態が生まれたのかという点を無視し、単にイタリアをはじめとするEU各国に緊縮策を押し付けるものでしかない。

 イタリアの2018年実質成長率見通しは1.1%程度にとどまり、実質GDPの水準は2007 年初めの水準に戻らず、需給ギャップは依然としてマイナス圏だ。失業率はなお10%台であり、特に若者は30%をこえており国外への流出が続く。将来を担うべき若者の不就労・不就学者の比率が上昇、所得格差も拡大し貧困層が増大している。更には大問題となった難民急増と共に犯罪の多発化が著しい。この様に長期不況のもと国民が疲弊しつつある中では、ごく普通に考えて需給ギャップがマイナスに陥り失業が蔓延して、生産能力よりも需要が大幅に減少しているなら財政・金融政策を発動して、需給ギャップの解消と経済全体の均衡をはかることは当然のことである。だがユーロ圏の中にいるかぎりそれは自由にできない。共通通貨ユーロの導入と主権国家の存在という大きな矛盾が露呈して、EUの分裂、解体という不安が拡大しているのである。

緊縮策一辺倒の石頭ドイツ

 だが、話をイタリアの問題に限定するとして、何が大きな問題であるのか?

 それは、大きく分ければ「借金返済と抑制にこだわる石頭のドイツ」と「構造的に腐敗、堕落、シニシズムを抱えるイタリア」である。この悪しき両面が増幅して問題が起こるのである。ドイツはギリシャ危機に端を発したユーロ危機においても、ECB(欧州中央銀行)による各国国債の購入に反対し続けた。このECBの金融緩和で当面の危機は乗り切ることが出来たのだが、ドイツはそれを認めておらず、EU内で相変わらず借金反対一辺倒の緊縮策を主張している。この考えは、資本主義は必然的に景気循環を惹き起こし、政府の市場への介入がなければ恐慌を招くことを理解していない。ドイツには「まずは貯蓄、買物はその後」という倹約のすすめがあるが、これは中世以来のメンタリティであり資本主義以前の馬鹿げたしろものである。だがドイツではオルド自由主義をはじめとして、この倹約のすすめが政策の底流に流れている。しかし不況のさなかの緊縮策は総需要の激減、恐慌への突入でGDPは低下、税収は更なる低下という悲惨な結果を招くだけだ。現にギリシャのGDP水準は30%の下落をみた。これは大恐慌に他ならなかった。要は借金がいかに生産的に生かされ成長促進につながるかを考えることであり、借金反対一辺倒は成長を阻害するだけで債務比率の改善につながらない。EUの中核であるドイツの石頭を打破することが必要不可欠となっている。(なおECB購入の各国国債は借金ではない。その説明はここではできない)

腐敗、堕落をまねくイタリアの縁故主義、家族主義

 他方で、イタリアの構造的な腐敗、堕落、シニシズムも大きな問題である。まずは縁故主義(クリエンテリズモ)である。イタリアでは全社会がコネで動くといってよい。まっとうな能力・業績よりもコネ優先。そのための贈収賄の横行は政治家とマフィアの癒着に貢献し、国政選挙、地方選挙にも大きな影響を及ぼしてきた(ちなみに犯罪組織ンドランゲータの「収入」は日本の東京電力をしのぐと云われる)。従って政治不信は深まるばかりであった。イタリア政治は、コネでつながった利益集団が相争い身内への利益誘導をはかるもので、選挙目当てに無原則に相手を取り込むトラスフォルミズモによる離合集散は政府の機能不全を引き起こし、税金の無駄遣いが止まらない。となれば、国民の納税意欲は大幅に減退し脱税が当たり前になった。その結果は大幅な税収不足と「政治はそんなものだ」というシニシズムの蔓延である。

 次は、家族主義である(縁故主義につながるものだが)。家族主義にもとづく労働人口の三分の一を占める独立事業者・零細家族経営者の問題である。

 家族主義は血縁関係を超えた組織を信頼できず組織的活動を阻害する。従って「規模の経済」や政府機関における組織的機能の発揮を阻害する。また、彼らは、かの犯罪者ベルルスコーニ元首相の支持者の中心であった。その理由はベルルスコーニが駆使した脱税、縁故主義、無数の犯罪行為はイタリアで生き抜く家族経営にとって必要悪であり、かつ成功へのモデルとなったからだ。他方、この家族主義は経済面から見ると、グローバル化とIT化に対応できず、イタリア経済の重大な構造問題となっている。

 この様な状況から脱却できなければ、財政支出拡大は生産的に生かされず、不況からの回復は不可能だ。五つ星運動は「既存の政治家は去れ」をキャッチフレーズに今回の選挙で得票率トップを獲得した。だが、ベルルスコーニと手を結んでいた「同盟」と連立政権を組まざるを得なかった。はたしてイタリアの腐敗・堕落をどれだけ払拭できるか、それなくしてイタリアの未来はないのだが。


20:26

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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