日誌


2018/10/09

POLITICAL ECONOMY 128号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
廃線危機路線抱える中国地方の鉄路
支えるには創意工夫と「マイレール」意識が必要

             労働調査協議会客員調査研究員 白石 利政

 4月からの年度始まりを前に交通機関の春のダイヤ改正が報じられる。そのなかに路線の統廃合や経営形態の見直しなどもある。採算性の目安は平均通過人員(1kmあたりの乗車人数)4,000人/日、廃線を判断する目安は平均通過人員2,000人/日とも言われている。私の住む中国地方には岐路に立たされている路線が少なくない。全国“危機路線”ランキング50位以内に6路線が入っている(表参照)。

三江線は88年で幕引き

 さきのランキングでトップのJR西日本三江線(全長108.1km、駅数35)が今年の3月31日、全線開通から45年、営業開始から88年で沿線住民の「ありがとう」の声に送られ役目を終えた。

 全線開通(1975年)してまもなく路線の廃止問題が浮上する。このときは、政府の「鉄道に代わる道路の整備がない」「100km以上の路線」「2つの県にまたがる」という条件があれば除外という条件にかない生き延びた。しかし利用者は伸びず、全線がほぼ江の川に沿った路線で水害の影響をうけやすい。近年では72年、06年、14年に大きな被害を受け、多額の費用を出費して全線復旧を成し遂げてきた。ちなみに14年の復旧費用は11.2億円(JR西6.9億円、国2.3億円、島根県2.0億円)、全線復旧までに約11ヶ月を要した(長船友則「三江線88年の軌跡」ネコ・パブリッシング)。「閑散路線チャンピオン」(「絶滅危惧鉄道2018」イカロス出版)の平均通過人員は58人/日だった(2015年)。

 4月1日からはバス路線に転換となったが江津・三次間の直通バスの運行はない。全線の運行は沿線住民の生活と離れていたようだ。バスの運行は各地域で分割されている。今後の課題は、JR西日本からの補助が打ち切られた後の存続である。

「西日本豪雨」の影響は大きかった

 7月の「西日本豪雨」で中国地方の鉄道は、「橋桁流出」、「土砂流入」、「盛土流出」、「斜面崩壊」、「土砂堆積」など、甚大かつ広範囲にわたる被害を受けた。“危機路線”ランキング4位の木次線も大きな被害を受けた。土砂の撤去は早く終ったが備後落合駅で接続する芸備線の鉄橋が信号ケーブルごと流され同駅周辺の信号制御ができなくなった。「全線復旧は1年先」と発表され、三江線に次ぐ「廃線候補」か、との危機感が高まった。伯備線のケーブルを経由しての信号制御の見通しがつき全線運行が確保された。

 現在のところ、山陽線は復旧済み(JR貨物の伯備線・山陰本線・山口線を経由する迂回貨物列車の運行も終了)。芸備線の備後落合〜庄原、福塩線の上下〜府中、呉線の三原〜安浦間は年内復旧を目指している。運転再開の見通しの立っていなかった芸備線の三次〜狩留家間も2019年秋ごろに再開する見込みである。JR在来線の赤字路線では土砂災害で被災した岩泉線(岩手県)が廃線になった前例があるだけに復旧の見通しの報は沿線住民に上がり始めた不安を鎮めた。

「マイレール」への熱い思いで廃線が復活した例も

 興味深い動きも報じられている。ひとつは可部線で、2003年に非電化区間(可部〜三段峡間)が廃止されたが2017年3月可部〜あき亀山間 (1.6km) が電化のうえ延伸開業、日本鉄道史上初めて廃線が復活した。沿線の宅地化や、2022年の春を目途に「あき亀山駅」にほぼ直結するところに市民病院の移転が決まっており、利用者の確保が見込める環境にあるが、何よりも廃線後ただちに取り組まれた復活への運動が効を奏したことを強調しておきたい。沿線住民の「マイレール」への熱い思いが「医療」と「足」の確保につながった。

 もうひとつは吉備線の運転形式見直しての存続計画である。今年4月、JR西は吉備線について岡山、総社両市と、次世代型路面電車(LRT)化し、その後も運営に関わることで合意した。時期は未定だが、駅を増やし運行本数も見直し、利便性を高めることを計画している。地方路線維持のモデルケースとして期待される。

 日本経済が元気だった1966年、乗用車の生産台数がバス、トラックの生産台数を追い越し「マイカー元年」と言われた。それから50年、これから高齢社会にともない「交通弱者」、「移動制約者」は増える。安全で継続性のある「足」確保の上で公共交通、なかでも鉄路の果たす役割は大きい。

 鉄道ファンの廃線を前に「いま乗っておきたい路線」の少ないことを願う。変わらなければ維持できない。変わる「余地」があればそれを追求すべきだと思う。創意工夫と「マイレール」意識をもって。

16:06

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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