日誌


2018/10/09

POLITICAL ECONOMY127号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
理念なき「社会保障改革」
                                                 経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 安倍首相は10月24日開会した臨時国会の所信表明演説で、「今後3年かけて社会保障改革を進める」ことを表明した。最初から蛇足となるが、なぜ「社会保障制度改革」と言わないかというと、「社会保障制度改革」は民主党政権時代に3党合意で行った税と社会保障の一体改革を意味するからである。「引き続き社会保障制度改革を行います」と言えばいいのだが、そうは言いたくない安倍首相は「制度」の2文字を取ってしまったのである。
 
 さてその「社会保障改革」だが、前面に打ち出しているのが「全世代型社会保障」である。全世代型というのは、これまでの高齢者重視から若者にも手厚く保障することを意味している。茂木敏充経済財政・経済再生担当大臣は10月5日の記者会見で「生涯現役社会の実現に向けて、65歳以上への継続雇用年齢の引き上げに向けた検討を開始する。個人の実情に応じた多様な就労機会の提供に留意する。新卒一括採用の見直し、中途採用の拡大、労働移動の円滑化といった雇用制度の改革を進める。健康医療の分野では、糖尿病、高齢者虚弱、認知症の予防に取り組み、保険者へのインセンティブ措置も強化する」と述べている。

 小粒な印象は拭えないが、すでに公的年金の受給開始を70歳以上でも可能とする措置は、論議が始まっている。来年夏までには工程表が示される。

社会保障費抑制を意識

 「全世代型社会保障」をうたった「社会保障改革」には特徴点は三つある。ひとつは財政再建との連動を意識していることである。具体的には社会保障費の増加抑制である。5月に開かれた経済財政諮問会議に「2040年を見据えた社会保障の将来見通し」と題する試算が提出されたが、経済成長率をやや低めに抑えたベースラインケースで、社会保障給付費の名目GDP比は2040年度で約24%となる見通しだ。2018年度が21.5%なので2.5%増加する(図参照)。

 2040年をターゲットにしたのは団塊ジュニア世代が65歳に到達する年だからだ。これまで団塊の世代が75歳以上となる2025年に照準を置いていたが、さらにその先を見据えようという考えから来ている。社会保障費は2025年を超えても増加の一途というのである。

 この増加分をまかなうためには、消費増税率をさらに上げるか社会保障費の増加抑制か負担増を行えと財務省に近い経済学者は主張している。「財政改革」を行うためには、歳出の中で最も多い社会保障費を何とかしろと言っているのである。

 では財務省主導なのかというとそうではない。経産省主導で進めようとしている。これが二つ目の特徴である。これは経産省が管轄する未来投資会議で議論を行うことに表れている。社会保障を管轄する厚労省を外したところに意味がある。このあたりは省庁の枠を超えようという意欲ともとれるが、社会保障費抑制の意図も透けて見える。

教育・住宅も絡めた生活保障を

 これまでの社会保障の改革は、医療、介護、年金、福祉、少子化対策にほぼ限られていた。ところが安倍政権が行おうとしている「社会保障改革」は、雇用制度まで手を広げている。この点が三つ目の特徴だ。

 雇用が安定すれば生活は安定する。その意味で雇用制度まで手を広げることは意味がある。しかし、現役世代に手厚くするというならば、現役世代にとって最大の負担となっている教育や住宅まで広げるべきではないか。就学前教育や大学の無償化が行われ、ヨーロッパで普及している低所得者層向け住宅手当が行われるならば、社会保障と同じ意味を持つからだ。生活保障と言ってもいいかもしれない。

 教育の無償化については民主党政権で高校無償化を始めるなど多少なりとも動き出したが。住宅政策は高度政策時代そのままの「持ち家優先」の政策を続けている。慶応大学の山田篤裕教授によれば、OECDは家賃や住宅ローンの支払いが可処分所得の40%を超える人を住宅費過重負担者と定義しているが、日本における住宅ローンでみた住宅費過重負担者は6割を超すという(「日経新聞」2018年8月20日付け)。一旦不況になればガラガラと崩れる可能性が高い。

 ところが安倍政権は、来年10月に予定される消費増税対策でも持ち家増やすための住宅ローン減税の拡充策を実施する方向で検討を進めている。こうした政策は、都市部の街づくりを無視した乱開発(特にタワマン)や地方と都市周辺部における空き家の急増という二極化加速の片棒を担いできた。住宅政策は「持ち家優先」から低所得者層の底上げをはかる公営住宅の拡大や住宅手当に重点を移すべきである。こうした政策は一極集中の是正の観点からも有効と思われる。

  つまり全世代型社会保障というのは、これまでの社会保障にとどまらないわけで、さらに突き詰めていくと社会のあり方や理念が問われる。改めて安倍政権の社会保障の理念を考えると、あいまいなのだが、底に流れているのは自己責任と伝統的な家族重視そして成長ありきである。

 対する野党はどのような理念を掲げているのか?野党第一党の立憲民主党が理念や政策を掲げているのだろうか。残念ながら見えてこない。理念や政策での論争を期待したい。


09:15

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告