日誌


2018/09/22

POLITICAL ECONPMY 126号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
同一労働同一賃金は「仮想比較対象者」のチェックが肝
                  グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 厚生労働省は、第12回労働政策審議会(労政審・厚労相の諮問機関)の同一労働同一賃金部会に、派遣社員の待遇を比較する派遣先の労働者(正社員)についての省令案を示した。それによると、比較対象となる正社員がどうしてもいなければ、派遣社員と同じ仕事をする労働者(正社員)を雇ったと仮定した待遇の「架空の労働者」でもよいとした。

 6月に成立した働き方改革関連一括法では、原則として派遣先の企業に対して、派遣社員の「比較対象となる労働者」の賃金・待遇などの情報を派遣会社に提供することを義務づけている。派遣会社はこの情報をもとに、派遣先の正社員と不合理な待遇差がないよう派遣社員の待遇を決めることを定めたものである。

 これを伝えた朝日新聞によると、今回の労政審に示した省令案では、「比較対象となる労働者」は第一義的には「職務の同一」としたが、どうしても比較できる人がいない場合には「架空の労働者」も対象と認めるとしたと報じている。

 この記事に出てくる「架空の労働者」というワードは、安倍内閣が同一労働同一賃金の検討を開始した時から取り上げてきた課題で、政府は「仮想比較対象者」という言葉を使ってきたものである。それを、朝日が「架空労働者」と見出しを付けたのには、安倍流「同一労働同一賃金」に対する意図が感じられる。

「仮想比較対象者」という概念は必要

 そもそもこの「仮想比較対象者」はなぜ必要なのか。それはこの問題の背後には、待遇差の説明が現実には難しい場合に、名目だけ正社員と非正規の仕事を分けたり、また正社員に対して形式的に違った職務を割り当てる形で同一賃金を避けたり、あるいは特定の人たち(例えば女性)を特定の仕事、職務、部門に就かせたりする、いわゆる「職務分離」があるからである。これを禁止するためのツールとして、正社員とパートタイマー・契約社員、あるいは正社員と派遣労働者の間の同一職務で直接比較することで、同一賃金の実現という意図があるからである。

 ただ、派遣労働者が働く現場、それは派遣先の工場・ショップ・お店・事務所によって従事者の構成や正社員との職務分担は千差万別で、その職場に同一職種の正社員がいないケースもある。例えば製造工場への派遣(法的には製造請負)の場合、製造ライン一括請負や製造部門一括請負といったケースもあるので、製造現場には正社員がいないことすらある。そこでは、「仮想比較対象者」が不可欠で、ガイドラインでは欧州諸国の事例に照らして示したものである。そこで重要なのは「仮想比較対象者」がいけないのではなく、派遣先企業が提供してきたその賃金情報を鵜呑みにしないで、どうチェックするかである。

労使協議に非正規労働者の声を発する場をつくれ

 この問題は、朝日の記事がいう「根拠なく待遇を低くする恐れがあるとの労働者側の懸念」とかいう生やさしいものではなく、労働組合がどう積極的に関与していくかが肝である。しかし、労働組合は派遣労働者の組織化はまったく進んでいないといっていい。ては、どうすればいいのか。

 製造請負の現場を数多く見て回っている私の経験からすると、派遣請負労働者はカイゼン提案や安全衛生運動などの諸活動に参画している。また、製造工場での派遣請負の現場では、工場側から派遣会社の労使に対して、同じ内容の36協定の締結を要請して、派遣労使が印をついたものを労基署にも提出している現状がある。こうしておかないと、3ヶ月単位の生産計画をうまく動かすことが出来ないのである。既に現場では、派遣労働者を従業員代表とした、事実上の労使協議が現場の知恵としてワークする基盤が存在しているのである。これは、派遣労働者による事実上の従業員代表制が現実に機能していると考えていい。

 非正規労働者の“ヴォイス(発言)”を労使協議の場にどうすくい上げるかについては、今度の法とガイドラインには書かれていない。これは、結局のところ、法やガイドライン・政省令ではなくて、労働組合の問題だからである。

 そのために労働組合としては、パートタイマー、契約社員、さらには派遣社員について、まず次の順番を踏んで、労使協議制の再構築に向けて順次取り組んでいくことである。

 同一労働同一賃金が本番となると、正規社員と非正規社員・労働者との処遇の差を巡る合理性・不合理性を判断する時に、会社との労使協議の場にその当事者たる “ヴォイス(発言)”を発する場と機会を、連合は現場の運動として構築することである。


16:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告