日誌


2018/09/05

POLITICAL ECONOMY125号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
最近の上海事情
                元東海大学教授 小野豊和

 9月23~27日、10年振りに上海を訪ねたが異次元の世界に入り込んだ感じを受けた。上海浦東国際空港で上海理工大学専任講師の出迎えを受け、上海市内のホテル甸园宾馆へ移動。空港からはリニアと地下鉄があるがタクシーを利用した。リニアだと20分ほどで市内に着くが高額で乗り心地は良くないとのこと。中国は世界に先駆けてリニアを導入したが、結局上海の「浦東―市内」だけで中国全土への拡張は見送られた。一方、高鉄(日本の新幹線)の延伸は素晴らしい。高鉄開通時に上海近くで起こった脱線落下事故が全世界に報道され、安全面で日本の新幹線が優るのではないかという期待を持ったが、中国の底力か最近は香港まで開通、上海から夜行便で北はハルビンまで行くことができる。脱線落下事故の反省から、各車両には事故時にガラスを割って脱出できるようハンマーが手の届くところに備え付けられている。

 中国は土地がすべて国のもので、公共事業の拡大は政府主導で行う事ができる。地下鉄の延伸で地域住人が反対運動を起こすことは皆無。むしろ不動産が高騰することを期待する。復旦大学周辺の五角場は1㎡当り600万円とのこと。不動産は高騰するが下落することはない。

過熱する子どもの塾通い

 大卒初任給は日本のような定期採用ではないが5万円程度。10万円になるには10年はかかる。修士の学生に街を案内してもらった。修士になると月給として国から4万円支給される。ただし家賃に3万円は必要なので、生活費はアルバイトをして稼ぐしかない。日本語学科の院生は、街の日本語塾の教師をしていた。幼稚園から塾が始まり、親の塾熱は過熱している。極端な例だが、最高級の英語塾は月謝が10万円とか。

 一人っ子政策を緩和した中国であるが幼稚園から塾通いという教育熱で親には2人目を持つ金銭的、精神的余裕が無い。一人っ子同士が結婚すると4人の親を持つことになり、親や祖父母が子や孫のために年金でマンションを購入、教育費も出し孫の面倒を見る。共働き夫婦には子の送り迎えができない。男の結婚の条件は三高と言われるが、①マンションを持っていること、②有名企業・大学の正規被雇用者、③安定した収入が保証されること-だ。院生は高鉄沿線に親が買ってくれたマンションを所有、彼女がいるそうだが結婚はいつになるか分からない。恐らく10数年後には年金をあてにしてきた親世代が高齢者になり、家族関係で経験したことが無い問題が起こるであろう。

何でもスマホ決済にびっくり!

 スマホ決済社会が浸透している。タクシーの運転手とはスマホのアプリを合わせることで料金が決済され領収書がプリントアウトされる。地下鉄はスマホで5日間通用する専用カードを購入、そのカードでどこへでも行くことができ、帰国日にマシンに返却すると使用分だけ口座から引き落とされる(写真)。スマホ決済が庶民に至るまで普及している。「日本は遅れているなー!」と感じた。もちろん中国の銀行に口座を持つことが前提で、今回は、旅行者として、中国人のスマホにお世話になった。

 道端に自転車が置き捨てられていた。聞くと、スマホをかざすことで自転車のキーが開きレンタル契約が成立する。必要なところまで走りスマホで使用済みとすると施錠され、あとは道端に置き捨てれば完了。スマホの普及で盗難、車上荒らしなどの犯罪が減ったのではないかと聞くと「泥棒は失業だよ!」と返事が返ってきた。

 車のナンバープレートはブルーだが、EV車はグリーンで優遇されている。排気ガスによる環境破壊を抑えるため中国政府はEV車の導入に力を入れている。

 中国人は飲食店、地下鉄、道端等どこでも大きな声で話す。飲食店では周囲を気にすることなく部屋中に響く声で話している。エビ料理を注文し殻入れを頼むとテーブルの上に置けばいいと怪訝な顔をされた。地下鉄は広く快適だが騒音が激しい。大声で電話をしていても誰も咎めない。各車両の長椅子には一席だけ愛心座椅(シルバーシート)がある。歩き疲れたので座ろうとしたら、杖をついたおばさんが私を押しのけて座った。体を張って権利を主張する逞しい年寄りだが、私よりも若い感じであった。

 上海行きの今回の目的は友人の日本語学科講師が日本語による「異文化経営」のテキストを執筆し監修を頼まれたからである。約300頁の全文チェックを行い、併せて日本語学科の教員と学生対象に「日本語教育と日本企業の人材育成」についての講演を行った。日中友好の歴史、漢字文化の伝来などから始めたが、松下電器の採用基準などに関心が高かった。 


11:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告