日誌


2018/08/21

POLITICAL ECONOMY 第124号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
シェアリング・エコノミーの両義性 
                              NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田 芳年

 「使ったことはなくても、メルカリの名前を知らない人はいないだろう。個人同士が簡単にモノを売買できるフリマ(フリーマーケット)アプリの最大手。2013年7月のサービス開始以来、利用者数は倍々ゲームで増えてきた。18年8月末時点の累計アプリダウンロード数は7,570万、月間アクティブユーザー数1,075万を数える」。

 『AERA』9月10日号が10数ページを割いてメルカリが生み出す新しいお金の動き「メルカリノミクス」特集を掲載、その経済効果と消費の変化を報告している。それによると、フリマ関連需要など波及効果を含めた経済効果はフリマアプリ全体で1兆2068億円と推計。これは出版物推定販売額(17年)の1兆3701億円に匹敵する規模で、「メルカリノミクス、恐るべし」とのコメントを付けている。

 「メルカリ」だけでなく、インターネットとスマホ、ビッグデータを組み合わせることで個人同士のニーズを繋げるシェアリング・エコノミー(シェアエコ、共有型経済)と呼ばれる分野が近年、急拡大、米国を中心に配車サービスの「Uber」、民泊サービスの「Airbnb」など企業価値が一兆円を超える国際的なグループが登場している。

 シェアエコは「個人等が保有する活用可能な資産等を、インターネット上のマッチングプラットフォームを介して他の個人等も利用可能とする経済活性化活動」(総務省)と定義され、その規模はグローバルベースで「PwCによると2013年に約150億ドル(1兆6500億円)、25年には約3,350億ドル(36兆8500億円)規模に成長する見込み」(平成27年版 情報通信白書)という。

 IT革命を背景に、シェアエコの分野は広がりを見せ、その対象は個人所有の新品・中古品などの「モノ」、民泊や駐車場、会議室などの「空間」、家事代行や介護、育児などの「スキル」、自動車の「移動」、寄付などの「お金」と多彩。成長途上の新しい分野だけに、停滞傾向ある国内経済活性化の切り札になるとの見方や経済成長の牽引役との積極的評価が目立つ。

市場規模の推計に幅

 ところで、この市場規模の推計は調査機関によって相当のバラツキがある点に注意が必要だ。矢野経済研究所は2016年度の市場規模を503億4000万円、21年度に1070億9000万円と予測。内閣府は16年で5,250億円、NTT系列のシンクタンク・情報通信総合研究所は16年で約1兆1812億円、潜在市場規模は約2兆6323億円としている。新しい分野だけに前提となる基礎データが揃っておらず、調査時点の違いや波及効果、対象をどこまで含めるかなどで大きな違いが生まれるのはやむを得ない。それだけに推計結果の効果は相当の幅を持って理解する必要がありそうだ。

 政府は2020年度の国内総生産(GDP)基準改定に合わせ、シェアエコをGDPに参入する方針を固めたという。ではどの程度のインパクトがあるのか。内閣府の推計5,250億円を例にGDPへの寄与を見てみると、GDPの押し上げ効果はこのうち950億~1350億円だという。GDPの定義上、中古品の売買高は新たに付加価値を創造したわけではないのでカウントされず、売買を仲介したマッチング手数料や販売手数料、月会費、その他サービス収入がカウントされる。しかしメルカリなど事業者の「仲介手数料」や「持ち家の帰属家賃」はすでに補足のうえ計上されており、それを差し引くと上記の金額となる。500兆円規模のGDPへの成長寄与はわずか0.02%程度であり、経済成長の牽引役としては明らかに力不足。因みに『AERA』では触れていないが、メルカリの連結売上高は358億円、流通総額は3,704億円(18年6月期)。

成長経済至上主義に風穴

  シェアエコはIT技術が生み出した新たな経済活動分野であることは間違いないし、これからの発展が期待されるが、それを経済成長の新たな牽引役に仕立て上げ、過大に評価する姿勢に違和感を感じるのは筆者だけか。『AERA』記事でメルカリの利用が増えている背景として「物を有効活用したい。必要としなくなったものが誰かの役に立てばうれしい。エコ意識や誰かに貢献したい気持ちが消費者の中で高まっています」(久我尚子ニッセイ基礎研究所主任研究員)との分析を紹介しているが、米リサーチ・コンサルティング会社のアンケート調査でも、シェアエコ利用の理由として67%の人が「節約」と同時に「社会・環境にいいから」という点を選んでいる。

 戦後の高度経済成長時に形成された大量生産・大量消費・大量廃棄という経済システムが地球環境に過大な負荷を与え、社会の持続可能性を脅かす現実を直視した時、所有から共有、個人間の「コラボラティブ(協調的な)消費」、分かち合い・助け合い経済の未来に価値を見出す消費の在り方がもっと重視され、評価されてもよい。シェアエコの現代的意義は成長経済至上主義に風穴をあけるシステムという点にあり、そこに着目すべきではないか。


20:37

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告