日誌


2018/07/18

POLITICAL ECONOMY 第123号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
米中貿易戦争はどこまで拡大するのか
 
                                   横浜アクションリサーチ 金子文夫 

 8月23日、トランプ大統領は中国からの輸入品160億ドル分に25%の関税を上乗せする制裁第2弾を発動した。その先には第3弾、第4弾が用意されている。これに対して中国側も報復関税を設定し、米中貿易戦争はさらに拡大する情勢にある。

 11月のアメリカ中間選挙を前にして、米中間で一定の妥協が成立する可能性はある。しかし米中対立は、為替問題、投資規制など形を変えてさらに続くだろう。その根底には、米国中心の世界の覇権システムが大きく変容していく構造的問題が存在するからである。対米追随の顕著な日本は、この構造変動に翻弄されることになるかもしれない。

貿易をめぐる米中対立

 トランプ大統領は、大統領就任以前から米国の貿易赤字を問題にし、大幅な関税引上げを主張してきた。2018年、中間選挙が近づくなかで、本格的な関税引上げに踏み切った。

 まず、3月23日、鉄鋼に25%、アルミ製品に10%の関税上乗せを発動した。これは通商拡大法232条、安全保障への脅威を理由とし、各国輸入品に適用されるもので、一部の国は対象外あるいは一時的除外とされたが、中国、日本は除外されなかった。

 この前日、通商法301条、知的財産権の侵害を根拠に、中国からの輸入品500億ドル相当に25%の制裁関税をかける方針が示された。中国は即座に米国からの輸入品に同額同率の報復関税を発動すると表明した。

 こうした米中貿易摩擦の激化に対しては、サプライチェーンの分断を招くとして米国内外から懸念が示されたが、7月6日、制裁第1弾として、500億ドルの一部、340億相当のハイテク製品など818品目に25%の追加関税を発動した。これに続いて8月23日、第2弾として残りの160億ドル相当の279品目に関税上乗せが実施されることになった。

 トランプ大統領は、第3弾2000億ドル、さらに第4弾を打ち出すかまえを見せており、こうなると中国からの輸入5000億ドルの大部分が含まれることになり、米国の消費者の負担増は目に見えたものになる。他方、中国の米国からの輸入は1300億ドル程度にとどまるので、報復関税を発動するには弾切れになり、他の報復措置をとらざるをえなくなる。

技術=軍事覇権をめぐる争い

 トランプ大統領のねらいが中間選挙での勝利にあるとすれば、今後双方が「面子」を保つ形で妥協点を見出すかもしれない。しかし、米国が意図しているのは、中国の技術覇権国=軍事覇権国化を阻止することである。この間の米中通商協議では、中国の戦略的産業政策「中国製造2025」関連の補助金の停止など、中国がとうてい受け入れられない要求を持ち出している。関税引上げの根拠を安全保障への脅威、知的財産権の侵害としていることも、技術=軍事覇権防衛の意識が作用しているとも考えられる。

 注目されるのは、中国を代表するハイテク企業、ZTE(中国通訊)、ファーウェイ(華為)に対する取引規制の動きである。また、8月15日、外資の対米投資を規制する「外国投資リスク審査近代化法」(FIRRMA)が発効し、中国企業による米国企業の買収が一段と厳しく監視されることになった。米国企業の対中取引についても規制が及びつつある。

 しかし、すでに米中経済の相互依存が進むなかで、こうした規制によって中国の技術開発を抑え込むことは、一時的にはともかく長期的には不可能である。すでにデジタル技術関連の特許申請件数、人材育成などでは中国が米国を追い抜く勢いである。

覇権構造の転換―多極化への道

 中国は「一帯一路」戦略を通じてユーラシアの地域覇権を打ち立てる野心を抱いている。AIIBを通じたインフラ建設、人民元の国際通貨化、QRコード決済の普及、これらは地域覇権形成の手段である。これに対してトランプ政権は、「米国第一」の立場から、戦後米国が主導してきた国際システム、国連、WTOなどから距離を置こうとしている。

 「米国第一」への傾斜はトランプの特異な個性のみに帰することはできず、米国という国家の格差社会への変質の反映であって、もはや後戻りはできそうもない。長期的には米国は中東・東アジアからの軍事の引上げ、基軸通貨ドルの弱体化に進まざるをえず、世界覇権国の地位を維持できなくなるだろう。それでは2030~40年代あたりに、世界の覇権は米国から中国に移転していくのかといえば、そうなる可能性は低い。

 もし中国の共産党体制が続くとすれば、世界をリードする理念、価値観を供給することができない。また、米中に続く、EU(欧州)、ロシア、インド、その他新興国の存在も無視できない。そうとすれば、今後の覇権構造は、米国1極から米中2極、あるいは中国1極へと移るのではなく、多極構造とならざるをえないだろう。そのような多極化時代には、主権国家を超えたグローバル・ガバナンスの必要性が一段と強まるのではないだろうか。


07:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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