日誌


2018/07/07

POLITICAL ECONOMY 第122号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
クビになりそうなのは「甥」だけではない
                                 まちかどウオッチャー 金田 麗子
 
 最近、句会で面白い俳句に出会った。甥が解雇されそうだというユニークな作品で、ここに紹介できないのが残念だ。(作者の了解を得てないし、作者がインターネットを含む各俳壇などに投稿発表する可能性があるからである)。

 作品もさることながら、作品をめぐる議論も興味深いものだった。私の所属している俳句結社の句会だったのだが、結社主宰が次のような問題提起をした。

 「解雇されそうな人物が、兄弟姉妹でなく、いとこでもなく、姪でなく、甥である必然性はあるのか」

 屁理屈ではない。解雇対象者が、若く男性である必然性があるのかというのだ。中高年の男女、あるいは若い女性が解雇されそうなドラマは描かれないことは当然なのか、というのである。「母はやさしく、父は寡黙で、兄は威張っていて頼りなく、妹はしっかりもの」などという人物の描かれ方と同様、「通念」によるものではないかと言う。

 なるほどと思いつつ、私はここでいう甥とは、「レッグス」のことを言っているのではないかと思った。

社会の底辺を支える若年非大卒男性「レッグス」

 計量社会学者の吉川徹氏が著著「日本の分断」(光文社新書)において、「若年非大卒男性」を「レッグス」と名付け、彼らのほとんどが中等教育修了者であることから、「低学歴」ではなく、「軽学歴の男たち」と位置付けている(若年とは20代から40代未満)。

 本書によるとレッグスは約680万人で、現役世代の11.6%を占めている。レッグスはバブル経済崩壊後、10代から労働市場に入った世代で、約半数が資格や専門的知識を必要としない、販売、サービスや「半熟錬、非熟錬」のブルーカラー職だ。非正規雇用率は14.0%、20人に1人が無職。離職経験者は63.5%、3か月以上の職探し、失業経験者は34%、3度以上の離職経験者は24%と不安定な雇用状況である。労働時間は壮年大卒男子、若年大卒男子、壮年非大卒男子と同程度長いが、個人年収は壮年非大卒男子層より150万円近く低く、300万円台前半である。企業の国内製造拠点の海外移転が進み、レッグス向けのブルーカラー雇用は国内からどんどん減っていっており、外国人労働者との競合にも晒されている。AI化、ロボット化もレッグスを脅かす。

 まさしく「脚」として、日本社会の下支えを担うレッグスに対し、社会的政策が欠如したままでは、ますます貧困と格差の固定化が進むというのが、本書の指摘するところだ。

 たしかに親族の中で解雇されそうなのは「甥」、レッグスである可能性は高い。

男性の雇用安定優先に隠された女性差別

 しかし待てよと思う。「若年非大卒女子」はどうであろう。本書によると、レッグスと同年代である若年非大卒女子は、非正規雇用率35.5%、離職率は男子より軒並み高い。さらに労働時間が短いとはいえ、年収は140.2万円と男子の半分近くである。既婚者が7割と多く、世帯年収比較では男子を上回っているというものの、10人に1人が離別経験者で、母子家庭、シンブルマザーなど、貧困と隣合わせの水準の生活をしているという。姪たちも今まさにクビになりかかっている可能性が高い。

 ところが本書は、彼女たちは「リスクの大きい社会的弱者」として、行政をはじめとするさまざまな支援を受けているとし、それに比してレッグスは社会政策上の対象にもなっていないと嘆く。20年前、40年前の日本社会と比して、非大卒男性が不当に不安定雇用や低賃金に追いやられて、不安定な社会構造が拡大することを阻止するためには、社会の基盤を担う男の雇用をまずは安定させなければと、言っているわけである。

 そもそも本書が指摘するように、女性の個人年収は、すべての層で男性より大幅に低い。管理職が少なく、非正規雇用率が高く、労働時間が短く、労働単価が男性より低く、出産や子育てのための職業キャリア中断を余儀なくされているなどの理由があげられ、女性一人の稼得力は生活保護水準と変らないという。これって明らかな女性差別でしょう。「リスクの高い社会的弱者」として支援されているから、「レッグス」非大卒若年男子より恵まれているっていう話ではない。

 もちろんレッグスの現状も深刻であり必要な対策は早急に取られなければならない。しかし問題は、不安定な雇用そのものにある。性別、年齢、学歴、雇用形態にかかわりなく解消されなければならない課題なのだ。

 同じ「甥」「姪」にあたる、大卒若年男子や女子も、かつての同層に比して非正規率は高く、離職率の高さも指摘されている。いとこにあたる壮年層も、女性は総体として非正規率は高く、男性も離職率は高い。総務省によると60代以上の高齢者の非正規率が1.3%増えたという。解雇の危機にさらされているのはやっぱり「甥」だけではなかった。


09:35

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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