日誌


2018/06/21

POLITICAL ECONOMY 第120号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
豪雨被災現地(広島)からの報告

             労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 7月6日の新聞は「九州北部豪雨」から1年、「爪痕なお」「戻らぬ暮らし」の記事を掲載していた。この6月18日には大阪府北部を震源とする大きな地震があった。これらの記憶が消えやらぬなかでの今回の「西日本豪雨」である。この豪雨は広島県上空で6日から7日にかけて積乱雲が同じ場所でつぎつぎとできる線状降水帯が発生したためである。これは4年前の広島土砂災害と同じ現象である。見聞きしたことをメモにしてみた。

被災情報 その大きさが徐々に伝わる

 私の住む廿日市市の西側では8日の夕方から翌朝にかけて雷と大雨、近くの川が濁流で渦巻いていた。9日、スーパーとコンビニで生鮮食品が一気に品薄に。コンビニフェチの若者が「今晩はポテトチップと水で過ごすか」と、使い勝手のよさを追い求めていた若者が苦戦、何かにつけため込んでいる年寄りに軍配が挙がった。

 被害の状況が入ってきた。まずは交通網の寸断である。幹線道路の山陽道が全線開通したのは3連休初日の14日、実に8日ぶり。鉄路も大きなダメージを受けた。JR西の9区間は復旧に1ヶ月超、JR四国では復旧に2ヶ月以上を要する区間もあるそうだ。

 操業を中止する工場・事業所も相次いでいる。部品の製造工場への浸水被害、従業員の被災のためである。「マツダ」は7日から11日まで操業を見合わせた。広島県府中町の工場は12日から20日まで日中のみ操業再開のようだ。「三菱自動車工業」の岡山県倉敷市にある水島製作所では6日夜に生産を1部中止、それからは断続的操業状態である。被災から1週間を過ぎても停電、断水が続いているところもある。

 そして被災範囲の広さと大きさが明らかになってきた。被害は14府県と広範囲に及び犠牲者は209人。その大半は中国地方で、特に被害の大きかったのは瀬戸内海沿岸の東広島市、呉市、三原市、竹原市、倉敷市などである。中国5県の死者は163人(うち広島99人、岡山60人)、行方不明者22人 住宅被害16,772軒、避難者数4,481人(14日午後11時現在。中国新聞集計)。身元の判明している広島、山口、岡山の死者のうち7割が65歳以上の高齢者。自宅で土砂崩れや浸水に巻き込まれたようである。現在、行方不明者の捜索が続いている。酷暑の続くなか避難所生活を余儀なくされている人も多い。そのなか、もとの生活を取り戻すべき動きも始まっている。

今回の災害で気になったこと

 今回の被災状況から気になったことを取り急ぎ書き付けておきたい。

 そのひとつは「まさ土」(花崗岩が風化してできた砂・土壌)問題である。広島では6日の24時間雨量が300mmを超えた。市内安芸区矢野東の団地では5人が亡くなり、1人が行方不明となっている。「ここは『まさ土』に谷があって、その谷が出口になってその下に小さい扇状の地形がある。ここが土石流に襲われるのは残念ながら自然の摂理」(静岡大学 牛山教授 テレビ新広島 7月13日)。4年前の夏、安佐北区で77人が土砂災害で死亡している。もろい「まさ土」と住まいの問題がまた持ち上がった。

 次いで「治山治水」問題である。倉敷市真備町。高梁川に注ぐ支流・小田川流域、堤防が決壊。浸水区域は2016年に作成した洪水ハザードマップ通り、想定内だった。6日の昼前市内全域の山沿いに「避難準備・高齢者等避難開始」を発令、午後10時には町全体に「避難勧告」を出している。死者49人、行方不明者13人(山陽新聞7月11日)。急激な水位上昇と浸水は最も深い所で約4.8mと分析されている(国土地理院)。ふだん1階で生活している要介護3の高齢者の死がラジオから流れていた。災害時の要介護者の地域支援システムの確立は阪神淡路大震災より問われていることである。

 広島県安芸郡坂町では砂防ダム(高さ11.5m、幅50m、厚さ2m。石を積み上げる工法で完成は1950年)が土石流で流され4人死亡、行方不明者もでている(11日現在)。直近の点検(2015年2月)では異常はなかったそうだ。愛媛県西予市野村町では7日の朝、大雨でダムが満水に近づき放流、5人が死亡、約650世帯が浸水。広島県安芸郡府中町では10日、榎川が氾濫。「まさかこんな晴れた日に」。流木が川を堰き止めたためである。また福山、東広島市、竹原では11日、「ため池」で亀裂や泥水の漏れが見つかり住民に避難指示が出ている。「治山治水は国の基」、忘れてはならない。

 このほか、国道やJRの在来線が意外なもろさをみせている。設計や工法、メンテナンスの基準が現在の環境条件に適合しているのか否か、疑いたくなる。

 被災地の復旧、復興へ向けての動きも始まっている。当初は自治体内の住民への限定的協力要請だったボランティアも、この3連休で全国から多くの人が参加している。3連休の初日の14日、広島、岡山、愛媛の3県24市町村に6,400人のボランティアが集まり、災害ごみの片付け、泥のかき出しや、被災者の確認などに参加した(毎日新聞大阪本社版 2018年7月15日)。政府は災害対策の初動で自治体との調整より前に「プッシュ型支援」を実施した。今後の糧になるような検証を期待したい。

国や△より強い天然の天敵」とどう付き合うのか、「文明が進むほど天災による被害の程度も累進する傾向がある」との至言を改めて思い出した(寺田寅彦「天災と国防」。初出1934年)。

12:12

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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