日誌


2018/06/13

POLITICAL ECONOMY 第119号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
株価維持はやめられない。
「なし崩し的出口戦略」にも舵を切れない日銀
                                                                     経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 日本銀行が目標としてきた消費者物価上昇率(生鮮食品を除く)は、5月で前年同月比0.7%上昇だった。2月に1%まで上昇、「春闘で3%の賃上げがあればさらに上がる」という期待感もむなしくその後は下落している。「生鮮食品とエネルギーを除く」指数にいたっては0.3%まで下落してしまった。2%達成時期の明示をやめたとはいえ、物価上昇率に一喜一憂する日銀としてはほぞをかむ思いだろう。

 安倍政権発足とともに始まった黒田日銀の異次元緩和は、何度も追加策を付け足したので「長短金利操作付き量的・質的緩和」というやたらと長い名称がついている。市場から国債を大量に購入(量的緩和)、マイナス金利(短期金利)、国債10年物の金利をゼロに誘導(長期金利)、ETF(上場投資信託)、J-REIT(不動産投資信託)などの購入(質的緩和)・・・・これだけのことをやり続けているのである。それぞれに問題があり、副作用が出ると指摘されている。

 黒田総裁は「出口戦略はまだ検討しない」としながらも国債の購入を減らしている。日銀の「営業毎旬報告」によると、日銀が保有する長期国債保有残高は3月末で426兆5674億円(前年同月比で49兆4232億円増)にとどまっている。毎年80兆円積み増すという目標をそのままにして、こっそりやっているので「ステルス・テーパリング」と言われている。

 最新の数字はというと6月20日現在で432兆7656億円、前年比43兆7246億円増にとどまっている。明らかにブレーキを踏んでいるのだ。昨年6月に日銀の審議委員の任期終了した木内登英氏は、任期中「45兆円の積み増し」の対案を提出し、否決(木内氏以外反対)され続けてきたのだが、その木内氏の提案を下回る水準まで減らしているのである。

縮小できないETF購入

 ETFとJ-REIT購入はどうなっているのか。ETF購入は16年7月の追加緩和策で年間6兆円に引き上げられた。一ヶ月では5000億円、四半期では1兆5000億円購入がメドとなる。J- REITの購入は年間約900億円増加するとしていた。1ヵ月75億円、四半期で225億円である。J- REITの4-6月期は着実に減らしているのだが、ETFは同時期に1兆5000億円を超えている。

 
 4月に入って日銀はETF購入を減らそうと努力したようである。3月に株式市場を支えるため8333億円も購入、月間購入量としては過去最高を記録した。4月に入って市場が落ち着くと見るや購入量を減らしたのである。4月20日付け日経新聞によると、これまで日銀がETF購入に動く目安はTOPIX(東証株価指数)の下落率が0.2%を超えた時とされていて、市場では「0.2%の法則」と言われてきた。ところが4月に入って0.2%超えが3日あったのに2日は購入に動かなかったというのだ。事実4月は14営業日連続(別枠の「設備投資、人材投資に積極的に取り組む企業支援のETF」の購入は除く)で、日銀は動かなかったのである。

 その後、5月にも11営業日の購入ストップを続けたのだが、月末にかけて6営業日連続で購入した。これは米朝首脳会談実現が不安視されたことに加え、海外投資家が日本株を売りに出たためのようだ。6月も米中貿易摩擦で株式市場が落ち込んだためか、18日から1日挟んで8営業日連続で購入を続けたのである。

 日銀のETFを通じた株式保有残高は時価25兆円に達し、3月末時点で上場企業の約4割で上位10位以内の「大株主」となったもようと、日経新聞(6月27日付け)は報じている。東京ドーム、日本板硝子、イオンなど5社では実質的な筆頭株主になったと言う。株式は国債のように償還期限がないので、いずれ売却しなければならない。保有残高を増やすとそれだけ売却による株式市場への影響は大きくなる。

 ETFは2016年7月の追加緩和以前は年間3.3兆円購入としていたのだから、この水準まで下げることは可能だ。日銀もできれば減らしたいと考えているのだろうが、株式市場を支えざるを得なくなっているのだろう。

ここでも忖度

 なぜ国債やJ- REIT購入を減らすことは可能なのにETFの購入を減らすことはできないのか。日本の景気が拡大してきたのは超低金利によるところが大きい。「超低金利依存症」に陥っている日本経済にとって、現在の金融政策は「いごごちがよい」ものとなっている。いわゆる「ぬるま湯経済」である。すでに日銀の金融政策の中心は長短金利の操作が移っているので、国債の購入は増やしても減らしても影響はほぼない。J- REITは不動産市場が、ミニバブルという指摘すら出ている状況では、超低金利を維持していれば購入を減らしても大丈夫と判断したのだろう。

 安倍政権の支えは、「経済の見かけの良さ」にある。ここにひび割れが生ずると自民党総裁選も危うくなるかもしれない。少なくともモリカケ問題で支持率が低下している時に下手に動いて株価を落ち込ませるのはまずい。黒田総裁の頭の中は、こんな政治の動向が駆け巡っているのではないか。もっともそうこうしているうちに長く続いた景気も落ち込んでくる可能性がある。そうなればますます出口は遠くなる。


11:44

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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