日誌


2018/05/21

POLITICAL ECONOMY 第118号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「働き方改革」に逆行する最高裁判決

                                         グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 最高裁判所は6月1日、非正規社員の待遇格差をめぐるハマキョウレックスと長沢運輸の訴訟について初の判断を示した。翌朝、我が家に配達された2つの新聞には、朝日新聞が「最高裁『不合理な格差』認定」という見出しをつけ、ハマキョウレックスの労働者の訴えを認めた最高裁の判決を評価する姿勢で報じた。これに対して、日本経済新聞は「定年後再雇用、格差を容認」と長沢運輸の定年後の再雇用労働者に対する原告敗訴に重きを置いて報じた。

 この両紙は、安倍内閣の働き方改革を巡って異なる報道姿勢をとっており、しかも朝日は毎日・東京と、日経が読売・産経とそれぞれダッグを組んできた。だが、今回は朝日に読売・毎日・東京が同調して、日経派は産経一紙のみ、朝日派が4対2と圧勝した。この報道ぶりをみて、私はこれでいいのかという疑問を持った。

 この2つの訴訟は、片やハマキョウレックスの方は諸手当の「不合理な扱い」を訴えたもの、他方、長沢運輸は定年後に雇用延長した嘱託社員の賃金 (基本給)の「不合理な扱い」を巡る訴えで、そもそも訴因が異なる。手当と基本給では、労使交渉の現場において後者の方が圧倒的に重要である。下世話の話をすると、最高裁は、今回のハマキョウレックスに対して給食手当を月額3500円、皆勤手当を月1万円支給せよと命じたが、長沢運輸の嘱託社員のように1年毎の雇用契約だと、時給を1円上げると月額に換算して1600円、10円だと月1万6000円、100円で16万円のアップになる。労働者にとってどっちが得かは自明だ。

 いまひとつ重要なことは、判決が出た直後のテレビのニュース映像が伝えた2つの原告団の表情だ。「格差からの解放へ」と書かれた垂れ幕を掲げ、笑みを見せたハマキョウレックス、「定年後賃下げ容認せず」と書かれた垂れ幕をくしゃくしゃにまるめて憤った長沢運輸の原告、なのに最高裁はこの労働者の怒りを棄却した。

基本給の格差こそ核心

 最高裁が長沢運輸への不当判決の法的根拠としたのが、労働契約法第20条だ。同法は正社員と非正規社員と待遇格差について、合理的か否かの判断の基準として (1)職務の内容、(2)転勤・昇進など配置の変更範囲、(3)その他の事情の3点を挙げている。今回、最高裁は「その他の事情」を採用し、「年収が退職前の79%程度になるよう配慮されている」点を考慮して「不合理とは言えない」と認定した。「その他の事情」を幅広く解釈し、要するに「正社員の8割程度の報酬なら、どこの会社もやっている」ことだと容認したのである。

 政府の働き方改革一括改正法案では、同一労働同一賃金の「ガイドライン」の最初に揚げられているのが基本給で、手当は2番手に位置づけている。この点からも、今度の最高裁判断は、安倍内閣の「働き方改革」に逆行する判決だ。

あいまいな規定「その他の事情」に焦点を当てた審議を

 今、参議院で審議されている働き方改革関連法案では、この労働契約法第20条は削除されて新たな短時間労働者雇用管理法(パート・有期雇用労働法)に統合されることになっているが、「その他の事情」はそのまま残っている。私は、この「その他の事情」が今度の働き方改革法案の最大の欠陥だと考えている。これを削除せよというのは、高度プロフェッショナル制度をなくせというよりも難しいので、私は「ガイドライン」の中で「問題となる事例・問題とならない事例」を明確に書き込むよう主張してきた。労働政策審議会は最高裁の判断が出ていないことを理由に「引き続き検討」とし、厚生労働省も「司法判断が定まっていない」としてガィドラインの策定を逃げてきた。しかし、最高裁判決が出て、もう待ったなし、このままでは政府・厚労省は「8割程度はOK」でいくしかない。

 これを止めることができるのは、いま審議中の国会しかない。ところが、野党は未だ「高プロ」の「廃案」を叫び続けている。残る会期の中で、「その他の事情」について行政府から総理・厚労大臣から見解を引き出し、立法府として全会一致の決議をして、労働政策審議会のガイドライン最終案に圧力をかけるしかない。


15:56

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告