日誌


2018/04/24

POLITICAL ECONOMY 第117号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
“魂”の議論のない「働き方改革」はいかがなものか?
                                             元東海大学経営学部教授 小野豊和

 「働き方改革」について『週刊現代』(6/2号)の取材を受けた。国会では与党がゴリ押しで法案が通そうとしているが根本的な解決にはならない。野党の追及は労働時間の制限に重点が置かれ、働く事の尊さ、楽しさ、厳しさ、働き甲斐の伝授と享受への言及がない。日本的経営の本質は良き指導者がいてOJTによる親身な指導がベースにあった。学ぶことを通じて仕事のスキルだけでなく全人的な成長があり、現場叩き上げでも経営トップへの道があった。

 ロボットはスイッチonすると休みなく働きoffにすると止まる。ロボットに搭載された知能は、膨大な演算によって普通の人間の頭脳を超える成果を出す時代になってきた。しかし、人間の頭脳は無限大で囲碁の世界では拮抗状態といえる。高度プロフェッショナル制度さらには今回削除した裁量労働制について個人的には賛成だ。働き方は様々で、能力にも個人差がある、健康管理は法令で定められた範囲内で管理すべきだが個人の責任でもある。絶対服従の強制労働が大手企業、マスコミの現場で慣例となっていたとしても拒否する権利はあるはずだ。与党案は未来ある若者に労働の価値を与える政策とは言い難い。

働くことの尊さを再認識すべき

以下は『週刊現代』の掲載内容(一部カット)
 私は1971年に松下電器に入社、ラジオ事業部人事部に配属され2,300人の名前と顔を数ヵ月で覚えた。昇給・賞与査定の時期は徹夜もしたし、残業もザラでした。すべてが新しく刺激的で、少しでも早く実務を身につけるため、残業に換算されない研修にも積極的に参加した。仕事がきついことは当然という感覚で、仕事優先が当たり前、辛いことも多かったが楽しく働かせてもらった。松下幸之助さんもオーナーとして人一倍働いていた。幸之助さんは一人の話を聞いただけで情報を信じることはしなかった。販売店に問題があれば、現地の販売会社社長に確認をした上で経営判断を下していた。その背中を社員は見てきた。

 今は、改めて働く尊さをしっかりと指導する必要もあるのではないでしょうか。働く現場は自分の夢を実現する場でもあるが、上手くいかないときだってある。叱責されることだってある。NHK朝ドラを見ると数十年前を舞台にした登場人物はハードに働いている。

 画一的な労働時間の制限は根本的な改善にならず、むしろ働く意欲を削いだり、隠れ残業につながってしまう恐れもある。(中略)「ノー残業手当」や「きちんと休んだら手当支給」など、働かないことの見返りにおカネをもらえることはおかしい。会社のイメージアップや残業代カットにつながり、従業員も喜ぶ制度かもしれないが、あくまでも「賃金は労働の対価」だ。

 今は休みを取るために会社に行くといった変な風潮になっている気がする。(中略)そもそも仕事をするために就職したはずではないか。目的もなく猛烈に働く必要はないが、結果を出すために時間に関係なく働きたい人もいるはずだ。(中略)健康を害すまで働くのが良いとは言わないが、人生にはがむしゃらに働く時期が必要で、その経験が後に生きてくることもある。

 働き方に選択の自由がある方が労働者としても働きやすいと思う。「働き方改革」が声高に叫ばれているが、これは「働かせない改革」ですよ。このままでは日本が世界で戦えなくなってしまう。残業もせず、休みもきちんと取った上で結果を出すことが一番良いが、残業しないことだけを評価すべきではない。時間の使い方には個人差があって当然。評価すべきは労働時間ではなく、
仕事の結果なのです。
               *         *       *

問われる社員のモチベーション向上策

 日本の雇用形態は戦後の民主化政策の中で、ワーカーとホワイトカラーの区別が無い世界でも珍しい仕組みの上に導入されてきた事実がある。基本は企業別組合で同じ組織に働く労働組合員が管理職になることで非組合員となる。管理職は就業規則の入出門規律などが適用除外、36協定の対象外で24時間経営に携わる経営側の社員となる。組織内での成長・昇進の過程で残業規制対象と時間管理対象外を経験していく。高度プロフェッショナル制度、あるいは裁量労働制はこの狭間の制度で、能力と意欲のある社員のモチベーションを高める妙案と思う。従業員の自己成長を期待し労働時間管理を本人の裁量に任せる人事制度の趣旨を党派を超えて推奨する時代に来ていると思うが、法案の議論には魂が感じられない。


21:22

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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